473 シュミットとムスタファ
シュミットの合掌に、ムスタファも合掌。2人同時に一礼した。
「ムスタファ殿、この広い広いヤスリブで、数多の彫刻家がいる中、これまで交友がなかったにも関わらず、我々の村をお選びくださり、感謝申し上げます」
「恐縮です。シュミット殿は、メロの国は初めてで?」
「ええ。初訪問させていただきました」
「どうですか?メロの国は」
「大通りの活気ある賑わいから、巨木の落ち着いた静寂がとても対照的で……」
……貴賓のある人たちの会話って感じだなぁ。
「また、市場では、上質な
「あはは、そうですか」
……たしかに、イヴン公爵長って、シュミットさんの言った通り、子供のような一面、持ってるかも?
お互い大人な対応をし合っているシュミットとムスタファを見ながら、マナトは思った。
「……しかし、なにより、ありがたかったことは、」
シュミットは言った。
「十の生命の扉という、対象を与えてくださったことです」
「ほう。対象、ですか」
「はい」
シュミットは言葉を次いだ。
「造形美術において、対象ほど、大事になってくるものは、ありません。我々の村でも、対象を抜きにして、いくらテクニックや技術を論じても無意味だとよく言われています」
「そうですか。では、今回の、十の生命の扉というのは……」
「最高の、対象でありました」
シュミットが、視線を移した。
布がかけられている状態のその彫刻が、ムスタファの執事たちによって、廊下に新しく設けられた、台座の上に置かれている。
「十の生命の扉……自明となっている、苦しみ、欲望、修羅、安らぎ、知恵、天の六つは、どの資料にも記載があるし、そのテンプレに忠実で、問題なかった。しかし、問題は、未知の四つの扉でした」
「……」
ムスタファは無言になった。次のシュミットの言葉を、待っている。
「さまざまな文献を調べても、これといった有力なものがなかった」
「……」
「……ですが、さまざまな出会いが、煮詰まっていた私に、ひとつの答えをくれたのです」
「!」
ムスタファの目が、大きく見開く。
「答えが……!」
「はい。彫刻は、形にしなければ、なりませんので。私は悩んだ。そして、つくった。答えは、この布の中にあります。……準備、できたようですね」
台座の上に、彫刻は置かれ、あとは布を取り外すだけとなっている。
「あっ、少し、待っていただいてもよろしいか?」
ムスタファは言うと、ここまで一行を連れてきてくれた青年の男に目配せした。
「あっ、はい、父上。そろそろ来ると思うのですが」
そう言い、青年の男は早足で廊下を行き、らせん階段を上っていった。
――カッ、カッ。
やがて、ヒールのような、かかとの高い靴が歩くときに鳴る音が聞こえてきた。
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