471 窓の外

 「先生?どうしました?」

 「どうやら、来客のようですね。馬車が2台、庭に、入ってきてますよ」


 ルナも寝台から立ち上がって窓際へ行き、外を眺めた。


 「……」


 見ると、2台の馬車が、庭園に入ってきていた。


 「そういえば、お父さまが、言っていたような」

 「あぁ、そうだったんですね」

 「いや、でも、具体的なことは、私には、言ってなくて……」

 「やはり、ムスタファ公爵は諜報員の長でもありますから、家族にも言えないことが、たくさん、あるのでしょうね」

 「ええ」


 馬車の前には、10人弱ほどの、男女。


 父の執事も勤めているルナの兄と、貴族のような出で立ちの、背の高い金髪の男性が、笑顔で会話している。


 「どこかの国の、お偉いさんですかね?」

 「そうですね」

 「……んっ?」


 その男性と同行しているのであろう、背の低い女の子が、ルナの妹と一緒に遊び始めた。


 「あの子は……娘さん、ですかね?」

 「さぁ……」

 「……あっ、あの無精髭の男性が、父親でしょうね。いま、女の子を担ぎ上げましたね」

 「そうですね……っ!?」


 ルナは自分の口を手で覆った。


 女の子を担ぎ上げた無精髭の男性を、ルナは凝視した。


 ……け、ケント隊長!?


 と、一人の若い男性がケントのもとにやって来て、何やら話し始めた。


 ……み、ミトさん!?


 そのミトについていくかたちで、ケントの隣に立った、もう一人の男性。


 「!!」


 ターバンを被っている。


 「嘘……」


 ターバンを深く被っているため、その男性の顔は分からない。


 だが、その立ち姿、ミトと親しく話す、ターバンの下の、かろうじて見える口元……歩くときの手の動きにいたるまで、ルナには、見覚えがあった。


 ――コン、コン。


 「!?」


 ルナの自室の扉が鳴った。


 「は、はい!」

 「ルナさま。ご来客です」


 ムスタファの側近である老執事が扉を開け、言った。


 「公爵より、あなたも、出迎えるようにとのことなので、ご準備ください」

 「あっ、では、私もこれで。くれぐれも、まだ、ご無理は禁物ですよ、ルナさま」


 医者は優しくルナに言うと、執事が扉を閉めると同時に出ていった。


 自室内、一人になったルナは、化粧台の前に座った。


 「け、化粧、しなきゃ……!」


 その手は、震えている。


 「あっ……」


 手に持った化粧用のへら筆が、ポロっと落ちる。


 「もう……」


 急いで、震えた手でそれを拾った。


 身体の中、今まで巡りがゆっくりだった血が、一気に巡り始める。


 そのせいか、時おり、息苦しくなる。


 「ハァ……」


 深呼吸。


 呼吸を整える。


 先まで乾いていた目も、唇も、潤みを帯びて、輝き始める。


 「もう一回。……もう一回」


 一度頭上に巻き上げた、少し伸びた艶のある茶髪を、ほどいては、再度巻き上げる。そして、また、ほどくのを、繰り返した。


 「ふ、服……」


 急がないといけない。


 それでも、その気持ちとは裏腹に、念入りに、準備をせずには、いられない。

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