470 ルナ、自室にて

 「はい、もう、閉じていいですよ」


 ルナに口を開けさせていた医師が言った。


 「マナの源泉はすべて、体外に排出されたようですね」


 ルナがマナ焼けになって以来、定期的にかかりつけの医師がやって来て、検診を行っていた。


 「先生、ありがとうございます」


 寝台の上、上半身を起こし、ルナは言った。


 「先生のお陰で、元気になりました」

 「あはは、まだまだですよ」

 「……先生、いつ、私は、キャラバンとして、交易に戻れるのでしょうか?」

 「そうですね。……半年ぐらいは、かかるかもしれません」

 「半年……」

 「未だ、あなたの体重は、マナ焼けを起こす前の3分の2すら、戻っていません。とてもではないですが、交易に耐えうるだけの身体ではないでしょう」

 「……」

 「前回と違って、マナの源泉が長いこと、体内に留まっていたんです。その分、内蔵がやられていたというか……マナが、身体を蝕み続けたのですから」

 「でも、私がマナを取り込むことができれば……」

 「ルナさま」


 医師からは、笑顔が消えていた。


 「あなたはもう、マナを取り込んではいけないのです」

 「……」

 「ようやく、普通のものも口に通るようになってきた、大事なところです。あなたは症状が酷かった頃の自分と比較して、いま元気になったと思っているでしょうが、もとの状態とはまだ、ほど遠い。その痩せ細った身体を見たら、みんなに驚かれてしまいますよ。ましてや、もう一度、マナを取り込もうなど言語道断です」

 「……」

 「……ルナさま、教えてください。どうして、マナを取り込むことに、執着されるのでございますか?」


 医師は本当に心配している様子で、しゃがんで、途中から下を向いてしまったルナを見つめながら、言った。


 「……ワガママ言っていることは、十分、分かっているんです。……でも、交易を通じて出会った、あの人のように……」


 下を向いて、医師の話を聞いていたルナは、顔を上げ、医師を見つめ返しながら、言った。


 「憧れの人が、マナを取り込んだ能力者なんです。私も、あの人と同じステージに、立ちたい。そして、大好きなキャラバンの仲間に、みんなに、貢献したいんです……!」

 「……」


 医師は、しばし言葉を発することなく、ルナを見つめていた。


 「……やれやれ、しょうがないですね」


 やがて、医師は苦笑すると、立ち上がった。


 「まずは、十の生命の扉について、ですね」

 「!」


 意外な単語が医師から出てきて、ルナは医師を見上げた。


 「分野じゃないですが、私もそれくらいのことは、知っていますよ」

 「あの……」

 「いまのルナ様の眼差しを見て、揺るがないものを感じました。いい眼を、していらっしゃった」


 医師は部屋を歩きながら、窓際へ。


 「私にできることは、マナについて調べて、ルナ様にご報告をすることくらいです。ですが、そんなに期待はしないでくださいね」

 「先生……ありがとうございます」


 医師が、ニコッと、ルナに笑顔を返すと、窓の外を見た。


 「相変わらす、素晴らしい景観を……おや?」


 医師はなにかを発見したように、窓の外を眺めている。

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