468 転生と転移
「あの絵画に描いたように、青い血の広大な湖……つまり海を航海中、乗っていた船が嵐による荒波に揉まれて沈んだときに、一度、私の身体は滅びている」
サーシャが、自分の胸に、手をあてた。
「そして、このヤスリブの地で、たった一つの細胞として……受精卵として胎内に身を宿してからは、そのDNAは、このヤスリブで育まれたものであり、また、こちらでの業を背負っているものにほかならない」
「な、なるほど。言われてみれば……」
「ええ。転生前の記憶がよみがえったことで、いま、はっきりと、自覚しているわ。私の身体は、根本的に、前とは、違う」
すると、サーシャはマナトを指差した。
「……でも、マナト。あなたは、その肉体のままで、このヤスリブに来たんでしょ?」
「はい、そうです」
「ということは、細胞、DNAの一つひとつに至るまで、すべて、あの世界で育まれているものなの。そういった意味で、私とあなたとでは、大きく違うと思う」
「……そうですね」
「それにしても、そう……日本から、ねぇ」
サーシャはいつの間にか、足を組んでいた。
「……たぶん、あなたも、辛かったんじゃない?」
「あぁ……はい」
「そうよね。……マナト、あなたって、なにか暗いものが、背後に見えるもの」
「えっ、そ、そうですか?」
「ウフフ、冗談よ。見えるは見えるけど、ちょっとだけだから。ドイツと日本って、似てるとこ似てるって、よく言うし、たぶん、同じ鬱感情みたいなのを感じるのかも」
「お、お姉さま……?」
「さ、サーシャさま……?」
サーシャが別人格のように、ものすごく饒舌に話している上、聞きなれない言葉も出てきているせいか、ニナと召し使いは、戸惑っているようだった。
「あら、ごめんなさい」
サーシャが、そんな2人に気づいた。
「私、アクス王国王家、メネシスの血筋だったわね。……もっと、おしとやかにしないと、いけないわよね」
「い、いえ、そんな……!」
サーシャは組んだ足をもとに戻すと、改めてマナトを見つめ、言った。
「マナト、感謝するわ。あなたがいなければ、私は、転生前の記憶が戻ることは、なかったかもしれない」
「あぁ、いや、そんな……」
「悪夢のような記憶でしかなかったけど……それでも、思い出して、よかったと思ってる。これで……」
すると、サーシャは周りをキョロキョロと見回した。
「……そういえば、私の絵画は?」
「サーシャさまの絵画は、イヴン公爵長が、購入いたしました」
「……」
召し使いが言うと、サーシャは無言で腕を組み、やがて、言った。
「あの絵画の取り引きは、なかったことにしてもらいましょう」
「えぇ!?」
……あ、あんなにラピスをふんだんに使ってるのに!?
マナトは思った。
「転生前の記憶を取り戻したことで、あの絵画がどうあるべきか、道筋が少し、見えた気がするの」
「はぁ、道筋、ですか……」
「私は、これでも、芸術家のはしくれとして、このヤスリブで生きる身よ。過去にとらわれるつもりは、ないわ」
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