455 意志

 「すまぬ」


 イヴンは言った。その声は快活ながらも、悲壮な気持ちが滲み出ていた。


 「正直、わしはこの美しい景観に浮かび上がってくる、この、ある種異様な不気味さを与える黒く塗りつぶされた箇所の理解に苦しんでいた」

 「……」

 「わしの質問が、サーシャの記憶を呼び起こす引き金となってしまったようだ……」

 「……」


 ……護衛たちに見送られながら、キャラバンの村を発った後、言っていたっじゃないか。

 マナトは思い出していた。


 《もし、そのまま、その時の記憶がなくなってしまったら、幸せと思う?》


 あの時の、サーシャの、マナトへの問いかけ。


 《……うん》


 そして、その後に見た、サーシャの笑顔。


 「すまないことをした」

 「いえ、そんなことは、ないと思います」


 マナトは、サーシャを両手に抱き抱えたまま、言った。


 「サーシャさんは、自らの意志で、ここまで来ました。……少しは、覚悟していたはずです」

 「……」


 サーシャの頬に涙の筋が通って、キラキラと輝いている。


 「……むしろ、このために、描いていたのだと思います」

 「サーシャに、後悔は、ないか?」


 イヴンの問いに、マナトはうなずいた。


 「本人次第だと思いますが……サーシャさんなら、大丈夫だと思います……!」

 「うむ、ならば!」


 イヴンが言った。打って変わって、悲壮感のとれた、快活愉快な大声。


 「起きたら、サーシャに伝えるがよい!絵画はもらい受けよう!下で執事が報酬を用意している!受け取れ!わっはっは!」


     ※     ※     ※


 ――ガラガラガラ……。


 2台の馬車は、次の目的地へと向かっていた。


 後方を走る馬車の中、サーシャは長椅子に寝かされられ、頭は、同じ長椅子に座る召し使いの、膝の上に乗っていた。


 「サーシャさま……」


 召し使いが、柔らかな布で、サーシャの頬に線を描いた涙をぬぐっている。


 向かいの長椅子では、ミトと、ターバンを被ったマナト。そして、2人の間に、ニナが座っていた。


 「お姉さま、大丈夫だよね……」

 「大丈夫だよ、きっと」


 不安そうにしているニナに、ミトは言った。


 「ねっ?マナト」

 「うん、きっとね」


 マナトはうなずいた。


 ……きっと、大丈夫。僕が、そうだったように。

 心の中でマナトはつぶやいた。


 ――ギィィィ……!


 「おっと!?」


 馬車が、急停車した。吊り下げられているマナのランプが激しく揺れる。


 「サーシャさま……!」


 サーシャが振り落とされそうになるのを、召し使いが食い止めた。


 「な、なんだ?」


 馬車は動く様子がない。


 「外で、異変かな?」

 「ちょっと、出てみようか」


 ミトとマナトが馬車を降りる。


 「運転士さん?」

 「あぁ、君たちか……」


 乗っていた馬車の運転士も、困った顔をしている。


 「どうやら前方で、トラブルが起きてるようなんだ」

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