453 サーシャの異変/控え室にて

 「さ、サーシャさん……!?」

 「み、みんな……みんな、溺れて……!」


 マナトの声は、届いていない。


 飛び出そうなほどに目はひどく見開いて、その琥珀色の瞳は、小刻みに震えていた。


 「波に、揉まれて……あぁ……!」


 サーシャの目から、涙が溢れ出す。


 「わ、わたしも……!」


 顔は蒼白になり、額には、汗が滲み始める。


 「サーシャさん!」

 「か、身体の、中に、水が……!!」


 サーシャが自分の首をつかんだ。


 「息が……あぁ!!」


     ※     ※     ※


 書斎の外に出された者達は、執事の誘導で、2階の控え室に移動していた。


 そこそこ広く、部屋に合わせた大きさの、長い灰色の石のテーブルと、等間隔にイスが設けられていた。


 部屋の奥には、外に出て、庭園が見渡せるベランダがある。


 「ほぉ~!ほぇ~!」


 そのベランダから身を乗り出して、ニナが庭園を食い入るように眺めている。


 「いい景色ですね~」

 「ニナ、あまり前に出すぎると、危ないですわ」


 また、ミトとサーシャの召し使いも、ベランダに出ていた。


 「……あっ、公爵長の、家族の人かな?」

 「遊びに出てきたみたいですわね~」

 「噴水で水浴びしてますわね」

 「ですね~」

 「……そ、そういえば、」


 召し使いが、ミトに尋ねた。


 「今日、ムハド隊長は、その、どちらに……?」

 「ムハドさんですか?……ん~、たぶん、どこにも行ってないと思うけど……」

 「そ、そうですか……」

 「あっ、そっか」

 「えっ?」

 「召し使いさん、ムハドさんのこと、好きですもんね」

 「えっ」


 ――わっはっは……!


 イヴンの笑い声が、聞こえてくる。


 「めっちゃ聞こえてくるな、公爵長の声」


 ケントが言った。ベランダ近くのイスに腰掛け、足を組んでいる。


 「しっかし、初めてサーシャの絵画見たけど、すげえなぁ」

 「うん、迫力あったっすね」


 ケントの隣に座っているリートがうなずいた。リートは両足ごとイスの上に乗っけて、ガッタンゴットンしている。


 「あんなに激しく波打つ水面なんて、どの湖でも、オアシスでも、見ることないっすもんね」

 「いやホントそれなんすよ!あんな激しいの、見たことなくて!」

 「なんか、すごい圧倒されちゃったっすね~」

 「いやホントに」

 「言葉出てこなかったすね~」

 「俺、正直、芸術ナメてましたわぁ。こんなに胸揺さぶられるもんなんですね」

 「ホント、ああいうの、才能っていうんすかね?」

 「じゃないっすか?だって、ミト、ラクト、マナトの3人なんて……ククク」


 ケントが思い出し笑いした。


 「ホント、どうしようもなかったからなぁ」

 「いや、そんなことはないですよ、ケントさん」

 「えっ?」


 リートとケントの向かいに座っているシュミットが、にこやかに言った。


 「サーシャさまも、マナトさん達3人も、才能は、本当は、大差ないんですよ」

 「ま、マジすか!?」

 「創作において大事なのは、その作品を、つくりきるという、意志ですから」

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