452 絵画に描かれている、黒い物体の正体

 「アクス王国を離れて、よかったと思っています」

 「ほう!」

 「……最近、特に思います」

 「そうかそうか!わっはっは!」


 イヴンは嬉しそうに、大きな声で笑った。


 ……うん、たぶん、外にも声は漏れてるよね。


 「わしもお主も、お互い幸福だったことは、やはり、あの環境に長くいなかったことだ。わしもまた、若き頃に早々にあの王宮を飛び出した。あのまま王宮の中で、ただ身を肥えさせ、甘露で血を濁してしまえば、たちまち王宮の醜い争いに終始する、無価値な日々を過ごすことになったであろう。メネシス家の血筋は、お主の描いた絵画のような、これ以上ないほどの、激しい波の中でこそ真価を発揮するのだ。……ふむ。このメネシス家の中に、その受け継いだ琥珀色の瞳の輝きを失っておらぬ者が、いるとは!」


 ……ん~。アクス王国、大丈夫なのかな?


 イヴンの話を聞きながら、マナトは思った。


 アクス王国のトップに君臨しているサーシャやイヴンの家系……メネシス家。それが、腐敗しているとなれば……。


 ……いまは、行政がしっかりしているのかも、しれないけど。


 腐敗の具合によっては……かつての世界の、各国の歴史に照らし合わせれば、この後、遅かれ早かれ、起こることは……なんとなく、マナトは思うのだった。


 「……公爵長」

 「うむ?」

 「この光景を、実際に見たことは……」

 「ない!」


 サーシャの言葉を皆まで聞かずに、イヴンは、きっぱりと否定した。


 「このヤスリブにおいて、お主の書いた光景が見れるような湖など、どこにもないだろう」


 ……いや、てゆうか、そのサーシャさんの絵画は。


 マナトは、ちょっと、ムズムズし始めた。


 「それこそ、誰も足を踏み入れたことのない最果ての地くらいであろう」

 「……」

 「あとは、お主の、生前の記憶くらいだ」

 「!」

 「先も言ったが、お主はすでに、幼い頃にこの光景を絵にしている。この絵画にある情景の一切は、お主の中にのみ存在しているのだ」

 「私の、中に……」

 「あ、あの~」


 マナトが、おずおずと手を上げた。


 「うむっ?」

 「一応、僕が前にいた世界では、これに似た光景はあるというかなんというか……」

 「ふむ!」

 「……海、でしょ?」


 サーシャが言った。


 マナトはうなずいた。


 「そうです」

 「でも、ここまで激しい波は……」

 「ありますよ」

 「えっ……!?」

 「嵐とかの時ですね。その時は、海は、それこそサーシャさんの絵画のように、荒れますね」

 「ふむ……」


 イヴンは立ち上がり、絵画の前へ。


 「ここに居てもらって正解だったな、サーシャ」


 サーシャの絵画の、黒いベタ塗りの部分を、イヴンは指差した。


 「ではこの、黒い物体について、心当たりは?……サーシャ、聞いても、よいな?」

 「……」


 無言で、サーシャはうなずいた。


 「これは、怪物か?」


 イヴンが、マナトに尋ねる。


 「あっ、いや……あっ、怪物、ですか。そう言われれば、そうにも、見えてきますが」

 「お主が最初に思ったものとは、違うのか?」

 「はい」

 「最初に思ったものでいい。申せ」

 「船、ですね」

 「船?」

 「ただ、転覆して、船の先端だけしかもう水面から出てなくて、ほとんど、沈没してしまっている状態ですね」

 「ほ~う……!で、では、この黒い、粒々は?」

 「船の破片か、もしくは……」


 一瞬、マナトは口をつぐんだが、言った。


 「……人間、だと思います」


 その時だった。


 「……あっ、あ……あぁ……」


 サーシャが、両手で頭を抱えた。

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