450 黒い物体を巡って

 「ふむ。では、この黒い物体は?」


 イヴンが、サーシャに問いかける。


 「……」


 サーシャは無言。


 「なるほど」


 少し経った後、イヴンが納得したように、うなずいた。


 「……えっ?」


 マナトはサーシャとイヴンを交互に見た。


 ……なにいまの!?なにが、なるほどなの!?サーシャさん、なにも言ってないよ!?


 「……マナトさん」


 すると、シュミットがやって来て、小さな声で、マナトに耳打ちした。


 「あのサーシャさまの無言は、『分かって描いていません』ということなんですよ」

 「あ~そういう……!」


 ……そっか、サーシャさんも、自分で分かっていない上で、描いていたんだ。


 「その上で、イヴン公爵長が、受け入れたのですよ」

 「受け入れた、ですか……」

 「分からないなら分からないで、そこに芸術性というものを、イヴン公爵長は感じたということです」

 「な、なるほど……」


 ……いや、分かったような、分からないような。だけど、2人の間で納得し合っているのであれば。

 マナトは思った。


 「……ふむ、しかし、この見たことのない光景……もう少し、掘り下げねばな」


 すると、イヴンは絵画から目を離し、皆を見渡し言った。


 「少し、こみ入った話をする。サーシャ以外、外へ出るがよい」


 ――パンッ、パンッ!


 イヴンが手を叩く。


 外にいた執事が入ってきた。


 皆を外へと、誘導し始める。


 「あっ……」


 すると、サーシャが、マナトのほうへと近寄った。


 「こちらの、ターバンの彼……マナトだけは、同席を願いたいのですが……」

 「ほう。その心は?」

 「彼は、このヤスリブの世界の者では、ありません」

 「ほう!?」

 「彼は、異世界からの転移者です。この絵画の製作途中……ここまで描ききっていなかった段階でも、この絵画のことを海と言った。この情景が、彼のいた異世界では、見ることができたようなので。彼の意見は参考になると、私は思っています」


 イヴンは腕を組んだ。少し、考えているようだ。


 「……異世界の者よ」


 やがてイヴンが、マナトへ言った。


 「このヤスリブに、なにをしに来たのだ?」


 ――おぉ……。


 ギラギラに光っている、イヴンの大きな琥珀色の瞳。とにかく目力が、すごい。


 そして、その瞳に、マナト自身がしっかりと写っていた。


 「あの、僕は……」

 「マナトはもう、キャラバンの村の住人であり、俺たちの仲間ですよ」


 ケントが言った。ミトもリートも、うなずいた。


 「……よかろう」


 マナトの同席を、イヴンが了承した。


 「だが、マナトとやら。これからの会話は、口外することをよしとせぬぞ。わしのためではなく、サーシャのためだ」

 「はい、分かりました」


 皆が、外へ。その後、扉が閉まった。


 書斎の中は、イヴン、サーシャ、マナトの3人だけとなった。

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