436 公爵長イヴンについて
「……」
……あの噂は、公爵以外は、知らないはずなのだが。
先の若者との会話の中に、アブドの前にジンが現れたという情報があった。正確な上に、ピンポイントな情報。
ちなみに、あの夜以来、アブドの前にジンは現れていない。
「……」
一瞬、アブドの脳裏に、ムハドがよぎった。
……いや、さすがにないか。
それよりも、公爵の誰かが情報漏洩したという線のほうが、濃厚だろう。そう、アブドは思った。
――ファサッ。
気分転換に、アブドは身を乗り出して、馬車の布をまくり上げた。
巨木のエリアを眺める。
いまは対抗戦の会場となっている、サロン大会の巨大テントが、巨木の合間から、少し見えた。
ちなみに今日は、公爵会議のため、サロン対抗戦は中止していた。
……そろそろ着くか。
アブドは布を下げ、座った。
「……それにしても、イヴン公爵長は、欠席か」
誰に言うともなく、アブドはつぶやいた。
「気になりますか?公爵」
「私が公爵になって、まあ、まだ期間は短いほうだが、あの方が公爵会議を欠席した覚えがないのでな」
執事の問いに、アブドは答えた。
「会議では常に、余計な口は挟まない……自分の発言力というものを、分かっていらっしゃるのだ、あの方は。それでも、あの方がただ、いることによって、公爵たちは皆、背筋が伸びているよ」
「さすがですね、イヴン公爵長」
「ちなみに、公爵長は、やはり、メネシス家の血筋の者で、間違いないらしいぞ」
「えっ!」
――ギィィィ……。
やがて馬車は、宮殿の階段前に到着した。
アブドと執事、護衛の3人が馬車から降りる。
階段を上りながら、執事は言った。
「あの琥珀色の瞳は、やはり、本物だったということですか」
「そうだ。太陽の瞳とも言われる琥珀色の瞳は、メネシス家の最大の特徴。ただ、本人が自ら、まったくメネシス家について言及しないからなぁ」
「イヴン公爵長は、アクス王国の、王家の者……」
「うむ」
「それならなぜ、メロ共和国に?」
「……密かに囁かれていることとしては、公爵長の若い頃、アクス王国の王宮内での、後継者争いが熾烈で、王宮を追い出されるかたち、この、メロの国にやって来られた、とか」
「それは、大変な過去をお持ちで……」
「……いや、私は、そうは思わぬ」
「えっ?」
「若き日の彼は、アクス王国などという……といより、王宮内という中で、自ら安閑とすることを良しとしなかった、と、私は見ている」
「自分で、アクス王国を出ていったと?」
「そして、その上で、メロの国で、上り詰めたということだ」
アブドは続けて言った。
「そうでなければ、出せないオーラを、あの方は持っている」
「オーラ、ですか」
「そうだ。責任感と苦労から、滲み出てくるオーラだ。アクス王国の王宮内にいるだけでは、出せないだろう。私はこれでも、あの方を、ある程度は尊敬している」
もう、階段は上りきっていた。
宮殿の、大きな扉は、すでに開いている。
「さて、ひと仕事といくか」
アブド達は、宮殿内へと、入っていった。
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