435 アブド、とある通りにて
大通りほどの規模ではないが、そこそこ広い商店の並ぶ通りに、アブドを乗せた馬車が出た。
「あっ、ちょっと、運転士に止まるように」
「はっ!」
執事が出入り口の布をまくり上げ、運転士に指示を出す。
よきところで、馬車は通りの端につけるかたちで止まった。
「君は、馬車の中で待っていたまえ」
護衛に言うと、アブドは執事とともに馬車を降り、外に出た。
「……」
お昼時、通りは、相変わらずの賑わいを見せている。
「あっ!アブド公爵!」
周りにいた若者が数人、アブドのもとに駆け寄ってきた。
「公爵、この国にジンが潜伏していることは、事実なのですか?」
「あっちの住宅街でも、向こうの住宅街でも被害が出ているって……!」
「最近はもう、国中この話題で持ちきりですよ!」
若者たちが、早口にまくしたてるように言う。
「……フッ」
思わず、アブドは笑ってしまった。
「安心したまえ」
アブドは答えた。
「周りで起こっている騒動も、ジンにかこつけただけの騒動にすぎない。念のために護衛が国民に血の確認を進めてはいるが」
「そうですか……」
「ちなみになんですけど……」
若者の一人が、少し周りを気にする素振りを見せながら、小さな声でささやくように言った。
「アブド公爵のもとにも、ジンが現れたって、噂になってるんですど……!」
「……」
……チッ。
アブドは心の中で舌打ちした。
「……やれやれ、困ったものだ」
アブドはあくまで笑顔で、言った。
「ありもしない噂が蔓延することが、ジンの、一番の弊害だよ」
若者たちは、顔を見合わせた。
「それじゃ、噂はウソだったのか……」
「いや、さすがに嘘だろ。そんなことになったら、アブド公爵、タダではすまないだろ」
「いまここでピンピンしてないよな」
「それもそうか」
その後、若者たちと別れ、アブドは他にも数人と話し、馬車に戻った。
馬車が、再び走り始める。
「公爵、たまにこうして、馬車から降りられて、ただ、若者と話をされたりいたしますね」
執事が、アブドに言った。
「ああ。大事なことだと、私は考えている」
「して、どう思われたのですか?」
「……フッ」
アブドは微笑んだ。
「いやはや、呑気なものだ。最初に話した若者たちなど、まさに」
「呑気、ですか」
「先の若者たちの表情……ジンに対し、恐怖や不安など、まったく感じていない。むしろ好奇心と刺激を欲して、それがジンによるものでも構わないといった調子に、私には、見えた」
「確かに……」
「所詮、自分にふりかかって来なければ、あんなものだろう。……まあ、それが、大国のよさでもある」
「そう、ですか」
「常に最前線にいるだけでは、見えてこなくなる部分も、あるからな。私は常に、ああやって、あの視点を失わないようにしているだけだ」
やがて馬車は、宮殿のある巨木のエリアへと、入っていった。
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