431 ウテナ、内なる戦い②

 ――ビキビキ……!!


 左腕から吹き出る血しぶきを、ウテナはもろともしなかった。


 「せぇ~!!」

 「のぉ~!!」


 ――ギギギィィィ……!


 ウテナとラクトは、扉を開いた。


 「え……」

 「なんだこれ……」


 呆然と、2人は扉の中を見た。


 扉の先……光はなく、淀んだ沼のような、混沌が、ずっと、広がっている。秩序なくうごめいて、混濁したその視界は、暗く、先が見えない。


 「あ……」


 混沌の中から、いろんな声が、ウテナの耳に届く。


 婦人たちの声が聞こえる。


 《はぁ~、なんで、あたし達が、こんな思いしなきゃ、いけないのかしら……》

 《ほんと、なにも悪いこと、してないのに……》

 《いっそのこと、ウテナちゃんが、いなくなってくれないと、あたし達……》


 公爵たちの声が聞こえる。


 《やはり、クサリクの行った対策に習うのが、一番ではないだろうか?》

 《ふむ。さっさと彼女には死んでもらったほうが、いいということかね?》

 《ええ。それが、この、メロの国のためにもなります》

 《そうですなぁ》


 護衛たちの声が聞こえる。


 《へっ、調子に乗り過ぎたんだよ、アイツは》

 《ああ。俺、今度会ったら、本人だろうが、ジンだろうが、ひと突きしてやるさ》


 若い女性たちの声が聞こえる。


 《いなくなってくれて、よかったわ》


 「……」


 ずっと、ウテナの中で、聞こえて、頭の中をぐるぐる回って、ウテナを蝕み続けた、声。


 「え……」


 混沌の中から、自分の家が見えた。子供たちが、石を投げている。死ね、消えろ、化け物めと叫びながら、乱暴に書き殴っている近所の人々。


 「くっ……!」


 胸が、締め付けられる。


 ……これが、現実。


 扉から一歩、後ずさりした。


 「……いや。それだけじゃ、ない……!」


 ウテナはもう一度、混沌を凝視した。


 うごめく混沌に飲み込まれながらも、キラッ、キラッと、ヤスリブボタルのような小さな光が、時おり見えた。


 「……」


 もう一度、ウテナは、自分の、裂けに裂けて血だらけになった左腕を見た。


 ――グッ!


 力を込める。


 ……大丈夫。


 痛みとともに、いまは、気力が湧く。内なる光は、消えていない!


 ――ギュッ!


 ラクトがウテナの手を握った。


 「おいどうしたよウテナ?まさかここまで来ておいて、ひいてるのか?」

 「だれが!」

 「へへっ」

 「行くわよ!!ラクト!!」

 「おう!!」


 ――ザッ!!


 そしてそのまま、2人は扉の中の混沌へと、身を投げた。


     ※     ※     ※


 宮殿内、2階の小さな小部屋で作業をしていたアブドのもとへ、執事が報告にやって来た。


 「どうやら、天廊で倒れていた2人は、無事、どちらも、意識を取り戻したようです」

 「ふむ、そうか」


 アブドは、手に取っていた書類を、テーブルに置いた。


 「いまだ、後手に変わりはないが……ようやく、風向きが、変わったのかもしれぬな」

 「風向き?」

 「ははっ、分からぬか?まあよい」


 アブドは書類を片付け始めた。


 「馬車を。ムスタファ公爵のところへ向かう」

 「はっ!」


 {ウテナ、内なる戦い 終わり}

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