424 ウテナ⑦/マナトについて

 ――ガラガラガラ……。


 ヤスリブボタルの群れ光るオアシスをあとにし、再び、馬車は砂漠を進んでゆく。


 「……」


 馬車が走り出して間もなく、ラクトは先のオアシスで拾ってきた平たい木片に、運転士から借りた筆で、なにやら書き始めた。


 「ラクト、なに書いてるの?」

 ウテナは聞いた。


 「さっきの、ヤスリブボタルのことを、な」

 「あら意外!勉強熱心だったんだ」

 「意外とはなんだよ意外とは」


 ラクトは木片書簡に目線を落としながら、言った。


 「まあでも、最初はこんなこと、してなかったけどな。マナトが、すっげぇやってることなんだ」

 「あぁ、そうなんだ」

 「アイツ、この世界の人間じゃねえからな」

 「……そうなの?」

 「ああ」


 ラクトが冗談で言っているようには、見えない。


 「この世界のどこか、ではなく、日本っていう、完全な異世界から来たんだよ、マナトは」

 「へぇ~」

 「だから、いろんなことを学ばないとって言って、勉強しててな。それ見てて、俺も影響受けちまった」


 ……ルナ、そのこと、知ってるのかしら?

 ラクトの話を聞きながら、ふと、ウテナは思った。


 「……でもそれって、いつかはもとの世界に、戻るってことなんじゃ……」

 「ん~」


 ウテナに問われると、ラクトは筆を止めた。


 「……」


 少し、考え込んでいる。


 やがて、ラクトは言った。


 「いまのところ、それは、ないと思う」

 「そ、そうなんだ」


 ウテナは、ホッと、胸をなでおろした。


 「どうやってこのヤスリブにやって来たか、本人自体、分かっていないようだからな」

 「そっか」

 「そういったこともあって、マナトは、このヤスリブに対して、先入観がまったくないんだよな」


 すると、ラクトは木片にスラスラと、筆を走らせた。


 そして、その木片をウテナに見せた。


 「これ、アクス王国の交易から帰還したあと、マナトが書いていたものだ」


 横向きに数本の線の入っている、三角形が描かれていた。


 「なにそれ?」

 「ヤスリブの、生態ピラミッド」


 軽く、ラクトが生態ピラミッドについて、ウテナに説明した。


 「……へぇ~。頂点にいるのが、ジンなんだね。……なんかちょっと、支配されてるって感じで、イヤね」

 「あはは!ウテナ、俺とまったく同じこと言ってるぜ」

 「誰だって、思うでしょ」

 「マナトのいた世界では、ジンは実在しなかったらしい」

 「そっか。いなかったんだ」

 「……俺が思うに、マナトは、前にいた世界との比較で、このヤスリブを見てる」


 ラクトが、木片を長椅子に置くと、少し、神妙な面持ちになった。


 「……だから、ヤスリブの人間が、ぜったいに考えないようなことを、よく考えていることが多いんだよな」

 「ぜったい、考えないようなこと?」

 「ああ」

 「たとえば?」

 「人間と、ジンとの、融和」

 「人間とジンを……!?」


 ――ギィィィ……。


 ラクトとウテナが話していると、馬車が止まった。


 「お邪魔します」


 馬車の外から、運転士ではない声がした。

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