423 ウテナ⑥/食事

 再び、ラクトの隣で、ウテナが釣り糸を垂れる。


 「……あっ!」


 ――ザパァ……!


 「……あらっ!」


 ――ザパァ……!


 ラクトの隣で、ウテナがさらに2匹、魚を釣り上げた。


 桶に、魚が3匹。


 「ふむ。嬢ちゃんのお陰で、人数分は釣れたな」


 桶を覗きこみながら、運転士が言った。


 「えへへ~」

 「なぜだ……なぜ、ウテナばっかり……。いや、場所が悪いんだ……場所が悪いに、違いねぇ……!」


 するとラクトは、ぐるっと湖を回り込んで、奥のほうで釣りを始めた。


 ヤスリブボタルの光が、対抗意識を燃やして気合いの入ったラクトの顔を照らし出した。


 「ウフフ……」


 思わず、ウテナは笑ってしまった。


 ――パチッ……。


 枯れ木のはじける音。


 振り向くと、枯れ木に火がついているのが見えた。


 白い煙が、星空へと上がってゆく。


 「こっちは、もうじき準備が整う」

 運転士が言った。


 「ありがとうございます」

 「嬢ちゃん、国は?」

 「はい、メロ共和国です」

 「職業は?」

 「キャラバンです」

 「……なるほど」


 ウテナは、気になっていたことを、運転士に聞いた。


 「あの、あたし、その、馬車に乗るまでの記憶がなくって……どこに、向かっているんですか?」

 「心配しなくていい。この馬車は、さっきまで、君の隣にいた彼を、送るための馬車だ」

 「ラクトを?」

 「そうだ。君は、じきに、戻れる」

 「……そう、ですか」

 「ところで、彼は、釣れたか?」

 「あっ、たしかに……あれ?」


 見ると、湖の向こう側にいたはずのラクトの姿が、ない。


 「い、いない……?」


 その時、


 ――ザッッパアァァ!


 「ほらぁ~!釣れたぜぇ~!」


 魚を掴んだ上半身裸のラクトが、湖面から勢いよく出てきた。


 「ら、ラクト……」

 「それは、釣ったとは言わないだろう……いやむしろ、そっちのほうが、難しいのではないだろうか……」


 湖から現れたラクトを見て、運転士が、引き気味に言った。


 「ウフフ……」

 ウテナは微笑んだ。


 ――パチッ、パチッ……。


 焚き火の炎が、大きくなってきた。


 馬は足を折り曲げて、身体を休ませながら、焚き火を眺めている。


 釣りを切り上げて、ウテナとラクトは、運転士とともに、焚き火を囲った。


 「よし」


 釣り上げた魚を串に刺して、焚き火にかける。


 ――ジュゥゥ……。


 やがて、魚の焼ける香ばしい匂いと、ほどよい焦げ目がついてきた。運転士が、いい感じに岩塩をふりかける。


 「頃合いだ」


 各々、焼き魚を取って、食らいついた。


 「モグモグ……おいしい~!!」


 ウテナは絶叫した。久しぶりに、なにか食べて、美味しいって、感じた気がした。


 「んめぇ!」

 「うん、いい塩加減だ」


 ラクトも運転士も、満足げに食べ続けている。


 ――パチッ、パチッ。


 「あっ」

 「おぉ、ヤスリブボタルが……」


 焚き火の近くを飛んでいたヤスリブボタルが、それまで個々、別々で点滅していたのが、その炎のゆらめきに呼応するように、同じ拍子で点滅し始めた。


 「おぉ……」

 「わぁ……」


 その調和の取れた点滅の波が、だんだんと、周りに電波してゆく。


 「キレイだな~」

 「うん……」


 焚き火の炎が消えるまで、オアシス全体を飛ぶヤスリブボタルは皆、まるで合唱するように、ずっと、同じ拍子で点滅していた。

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