422 ウテナ⑤/釣り

 運転士が、馬車の中から桶を持ち出してきた。馬車の長椅子の下は道具箱になっていて、さまざま、入っていた。


 湖のほとりで水を汲み、馬の前に桶を置く。


 美味しそうに、馬は水を飲み始めた。


 「人が砂漠で迷ったとき、ヤスリブボタルによってオアシスへと導かれ、一命をとりとめた、という話も多い」

 「マジでか!すげえじゃん!」


 運転士の言葉に、ラクトが感嘆して言った。


 「またの異名を、砂漠の妖精ともいわれている」

 「妖精かぁ」

 「英雄だろうが、権力者だろうが、盗賊だろうが、ジンだろうが……等しく、出会った者を、オアシスへと導いてくれる」

 「へぇ」

 「その相手が、清らかな心の持ち主だろうが、また逆に、邪しまな性格だろうが、どんなに罪を重ねていようが、そんなことは、ここにいる妖精たちにとっては、まったく問題ではない。……嬢ちゃん」


 運転士が、ウテナのほうを向いた。


 「嬢ちゃんが、これまでしてきたことも、されてきたことも、だ」

 「……」


 ウテナは、ヤスリブボタルの群れ光るオアシスを、改めて眺めた。


 ――ピチャッ。


 と、湖で、魚が跳ねた。


 「おう、魚、いるんじゃん」


 ラクトが波紋が発生した場所を眺めた。


 ――グゥゥ……。


 「えっ?」


 ラクトが振り向いて、ウテナを見た。


 「ウテナ、いまの音、お腹?」

 「い、いやぁ……えへへ」

 「魚が跳ねただけでお腹鳴るって、すごくね?」

 「う、うるさいわねぇ!」


 ……そういえば、最近、まともに食事していなかった。

 ウテナは思い出した。


 「……ふむ」


 すると、運転士が、また、馬車の中へ。


 今度は、釣り竿を2本、持ち出してきた。


 「釣るか」


 ウテナとラクトは、運転士から、釣り竿を渡された。


 湖のほとり、淡い緑の光の中、2人並んで座って、釣り糸を垂れる。


 「あたし、釣りするの、初めて」

 「おっ、そうか」


 ラクトが得意気に、ウテナに言った。


 「いいか、ウテナ。基本はじっと、待つんだ。釣り竿の先っちょが、ちょっと、クイクイってなっても……」


 ――クイ、クイ。


 「ラクト!これもう、来てるんじゃないの!?」

 「い、いやまだだ!もう少し待て!」

 「もう少しって、どれくらい!?」


 ――クィイイイ!


 言い合ってる間に、魚が湖の中で暴れ出した。同時に、激しく釣り竿がしなり始める。


 「いまだ!」


 ――ザパァ……!


 「おぉ~!」

 「釣れた!釣れた!」


 ウテナは魚を釣り上げた。


 「この桶に」


 運転士が、馬に水を飲ませるのに使用していた桶に、水を入れ直して、置いてくれた。


 釣った魚を、桶へ。


 「えへへ~」

 「クッソ!俺も釣るぞ!」


 ラクトが、対抗意識を燃やし始めた。


 運転士が、枯れ木を組んで、焚き火の準備を始めてくれた。

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