421 ウテナ④/ヤスリブボタル
――ボン、ボンボン!
また、運転士が布を叩いている。
「あっ……!」
ウテナはビクッとした。さっきよりも、強めな感じだ。
ラクトは再び長椅子に寝転がって、ニヤニヤしながらウテナに言った。
「さて、どっちのせいだろうな~」
「わ、分かってるわよ……!」
ウテナは立ち上がって、馬車の出入りするところの布をまくり上げた。
「す、すみませんうるさくて……あら?」
ちょうど、小指の爪くらいの、小さな淡い緑色の光が、ゆっくり点滅している。
そして、ゆらゆらと浮きながら、その光はウテナの目の前を通り過ぎた。
「別に、いくら騒いでも、構わんよ。他に客は、おらんからな」
運転士の声がした。
「あの、運転士さん、いまの、緑色の光って……?」
ウテナは身を乗り出して、運転士のほうを見ながら聞いた。
「ああ。そいつがいたから、知らせようと思って、布を叩いたんだよ」
運転士はターバンを深く被っていて、表情はまったく分からない。ただ、ちょっと、口角が上がっていて、少し、嬉しそうな表情に、ウテナは思えた。
「おい、どうした?」
ラクトも馬車から身を乗り出してきた。
「おぉ……なんだあれ、光ってるぜ?」
「ヤスリブボタルだ。別名、砂漠の宝石とも呼ばれている」
運転士が言った。
「すげえ!初めて見たぜ!」
「砂漠の宝石って、すごい素敵……」
「……あっ!おい、ウテナ、あっちにももう一匹……!」
「えっ?……あっ、ホントだ~!」
――ギィィィ……!
「ぅわ!」
「キャァ!」
いきなり、馬車が止まった。
抱きつくかたちで、ウテナがラクトにもたれかかる。
「ちょ……止まるなら、せめて一言言ってくれよ……」
「……」
すると、馬車の運転席から、運転士が降りてきて、2人の前に立った。
「小休止だ。馬たちに水をやる」
「あぁ、そうっすか……」
「でも、水っていっても、どこにも……」
「あっち、見てみろ」
運転士が、馬車を挟んで向こう側を指差した。
「……おぉ!」
「あら……!」
2人同時に、感嘆の声が漏れた。
高く、太い幹をつけたヤシの木が十数本見えた。
ヤシの木の前には、小さな規模の湖があり、その湖を周りを囲うように背の低い植物による緑地が広がっている。
「ヤスリブボタルがいるほうをたどっていくと、たいてい、オアシスがある」
オアシスの、湖のほとりまで、歩いてゆく。
「すげぇ……」
「うわぁ……」
夜空から降り注ぐ無数の星の瞬きが、湖の水面に反射する。
その湖の上を、周りを、たくさんのヤスリブボタルが飛んでいた。
「綺麗……」
目の前を、いくつも通り過ぎる淡い緑色の光。
まさに、たくさんの宝石が散りばめられたように……どこもかしこも、ヤスリブボタルの放つ光で満ち満ちた、光の楽園だった。
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