419 ウテナ②/夜の砂漠を走る馬車の中で

 先に天廊で出会った時と同じ、エレガントな模様の肩掛けに、ダークグリーンのステテコパンツといった出で立ちで、左腰にはダガーをつけている。


 「おう、ウテナ」


 ラクトは言うと、ウテナの向かい側に座った。


 ――ガラガラ……。


 再び、馬車が走り始める。


 「……」


 ウテナは、もう一度、布をまくり上げて外を見た。


 やはり、視界に入ってくるのは、延々と広がる夜の砂の世界のみだった。


 「どうした?」


 ラクトが、外を見ているウテナに言った。


 「えっ、いや……」


 砂漠のど真ん中のような場所で、ラクトが馬車の中に入ってくること事態、不思議でしかなかった。


 「あの……」

 「んっ?」


 ラクトが、ウテナを見つめている。ウテナの、次の言葉を待っている。


 「その……」


 しかし、うまく、言葉に現せない。


 「あの……」


 いろんな疑問、いろんな感情……喉まで出かかる、いくつもの、言葉。


 ただ、それらにすべて、自ら命を断とうとした瞬間、庇いに入ったラクトの肩に、ダガーが突き刺さってしまった……その罪悪感が、覆い被さった。


 言葉にどうしても詰まってしまう。苦悶の表情に、変わってゆく。


 「どうした?どっか、痛むのか?」


 ラクトの声が、馬車の中に響く。至って冷静な、落ち着いた声だった。


 「……あ、あれ?」


 ふとウテナは、ラクトを見た。


 「傷が……?」


 ダガーが突き刺さっていたはずの左肩は、傷がまったくなく、血も出ていない。それどころか、その前にラクト自ら傷つけた左腕にすら、傷跡すらない。


 「肩と、腕の、傷……」

 「あぁ、傷なら、直ったようだな」


 ラクトは事も無げに言うと、左肩を回した。


 「で、でも、結構、深くに刺さって……」

 「傷は、いつか、直るもんだぜ」

 「……ごめんなさい」

 「構わねえよ」

 「あたし、なんてこと……ホントに、ごめんなさい……」

 「いいんだよ。……ウテナ」


 途中から下を向いていたウテナは、名を呼ばれ、顔を上げた。


 ラクトの、真剣な顔があった。


 「まだ、死にたいって、思ってるのか?」

 「……分からない」


 ウテナは、自分の胸に、手をあてた。


 「でも、いまは、そんなに……」

 「ふ~ん、そっか。……つ~か、あぁ~もうっ!チクショウ!」


 ラクトが急に、頭をかきむしった。


 「マジで、なんで気づけなかったんだよ!俺!」

 「ら、ラクト?どうしたの?」

 「思えば変なところばかりじゃなかったじゃねえか!あんなにダガーさばき上手くねえし、身体能力もねえよ!クソッ!分かってたはずなのに!」

 「分かってたはずって、なにが?」


 ウテナが、若干ご乱心気味の、ラクトに問いかけた。


 「……いや、それは、言いたくねえ」


 ラクトはむすっとした表情で、ウテナを見ながら言った。


 「えっ、いやいや、ほぼ言ったんじゃないの?」

 「恥ずかしいから」

 「なによそれ~」

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