418 ウテナ①/馬車の中にて
――ガラガラガラ……。
馬車の歯車が鳴る音が、馬車の中にまで、はっきりと聞こえてきていた。
「……」
天井からは、火のマナ石の灯ったランプがかけられ、前後の端には、濃い茶色の長椅子が設置されている。
先にミリーと乗った、同じ型の馬車。
その中に、ウテナは一人、乗っていた。
――ガラガラガラ……。
「……」
ウテナは目をぱちくりした。
あまりにも突然のことで、まったく状況を理解できないまま、馬車に揺られている。
「え、ええっと……?」
誰に言うでもなくウテナは言うと、馬車の布をまくり上げ、外を見た。
「……砂漠、走ってる」
窓の外は、一面、砂漠だった。
夜、無数の星の瞬きに照らされた、地平線の彼方まで続いている砂の世界を、馬車は、ゆったりとした心地よいくらいの速さで、走っていた。
「……」
ウテナは、ただ、呆然としてしまっていた。
……どうして、あたし、この馬車に乗ってるのかしら?
ウテナはそんなことを思いながら、ふと、なんとなく、左腕の、黒い長袖をまくった。
「……」
その腕には、傷ひとつ、ついていない。
「……」
胸に手をあててみる。
それまでの鬱々とした気持ちは、薄らいでいた。
また、あの、近所の婦人たちの声も、他のみんなの声も、どんどん、遠くなっていくような気がした。
――ガラガラガラ……。
馬車が進む度に、その声は、遠くなっていくようにも思えた。
「……」
だが、どうして馬車に乗ったのか、それについては、いくら考えても、記憶の中に見つけ出すことは、できなかった。
……あたしは、ついさっきまで、天廊にいたはず。そしたら、なぜか、ラクトがやって来て……。
「……」
思い出して、ウテナの顔は少し、赤くなった。
……でもあたし、そのあと……。
自らの首を刺そうしたダガーは、ラクトの肩に突き刺さった。
……ラクト、ごめん。ごめんね。
少しして、ウテナは顔を上げ、再び布をまくり上げた。
「あの~」
馬車の運転士に声をかける。
「んっ?」
運転士が振り返った。馬の手綱を持ちながら、白装束に、深々と被ったターバンのため、顔はあまり分からない。髭はないが、一応、男ではあるようだ。
「……おかしいねぇ」
運転士が首をかしげながら、ウテナに言った。
「これから、乗せるはずなのに、なぜ、もう、先に乗ってるんだい?」
「えっ?えっと、それは、むしろあたしが聞きたいというか……」
「……まあ、いいか。こういうことは、ごくたまに、あるっちゃ、あるんだよなぁ。ほれ、こけるから、馬車の中で座っておいで」
運転士は、ウテナに馬車の中に戻るように促した。
ウテナは素直に、布を下げて馬車の中に戻り、後ろ側にある長椅子に座った。
「……いや、てか、どこに向かってるの……キャ!」
――ギィィィ……!
ウテナが再び立ち上がろうとした瞬間に、馬車は停止したため、ウテナは体制を崩し、馬車の床に座り込んだ。
すると、布がまくり上げられた。
「お邪魔しま……えっ?」
「ラクト!?」
ラクトが、馬車の中に入ってきた。
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