415 ルナについて、アブドについて

 ――ガラガラガラ……。


 ムスタファは、目を閉じた。


 「……」


 なんとなく、娘の、ルナのことが頭に浮かんだ。


 キャラバンとなって、2度目の交易から戻ってくるや否や、マナを体内に取り込むことに、執着していた。


 そして、家族の反対を押しきって、マナの神殿へとおもむき、人魚たちにマナを注がれた。


 だが、結果は、前回と同じだった。


 さらに、2度の取り込み失敗が原因か、マナ焼けという病にかかっていて、現在も療養中であった。


 それでも、そんな思いをしてもなお、ルナは、諦める気はなさそうだった。


 ……交易が、ルナのなにかを変えてしまったのだろう。


 ちなみに、ウテナの現在のことについて、ルナには、なにも、話していない。


 ……そういえば、岩石の村に依頼していた、十の生命の扉の彫刻、そろそろ、届く頃か。


 父として、これくらいしか、できないが。


 「……」


 次に、アブドが浮かぶ。


 《ジンは、いまを変える、絶好の機会だ》


 ジンとの戦いを前にして、非常に前向きな……いやむしろ、喜びすらあるのではないかと感じられる、アブドの発言を思い出した。


 あの性格は、本当に羨ましい。


 《国防の強化については、私が考えておきましょう》


 また、公爵会議で、彼は言っていた。


 国防の強化……つまり、武力に関するなにがしかに対し、アブドは水面下で動いているのは明らかだ。


 ジンに対抗できる手段が、あるということのか。


 ただ、アブドはなにかしら、よからぬことに足を突っ込んでいる可能性が、高かった。


 ……アブド……お前はこの状況を……どう変え転換していこうというのだ……、


 ……、


 ……。


 「公爵……公爵」

 「……んっ」


 側近2人に、ムスタファは両肩を揺らされていた。馬車の中で居眠りしてしまったようだ。


 「寝てしまっていたか……」

 「すみません」

 「大丈夫だ。もう、着いたか?」

 「はい。ですが、公爵の公宮前に、先ほどの、キャラバンの村の者達がおります」

 「キャラバンの村の……?」


 ムスタファは、馬車を降りた。


 自らの公宮の手前にある通りに、ムハドとマナトが立っていた。


 2人の後ろには、彼らの仲間と思われる面々が、それぞれ、緊張の面持ちで座していた。


 「公爵……」


 ムスタファが馬車から出てくるや否や、ムハドとマナトが両膝を折りかける。


 「いや、儀礼は不要だ」


 ムスタファは言った。


 「……そうですか、分かりました」


 ムハドもマナトも、直立に戻る。


 この2人とは、取り調べで顔見知りになっていた。


 「なにか、あったということかな?」

 「ジンが、私の部下を、連れ去ってゆきました」

 「なに!?」

 「連れ去られた部下は、マナトと同じく、ウテナと面識があります」

 「……なるほど」

 「教えてください。ウテナという人物の、居場所を。私の部下……ラクトは必ず、そこにいるはずです」


 冷静ながらも、秘めた闘志が見え隠れするような、そんな語気がムハドの言葉には混ぜ込まれていた。

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