414 馬車の中、ムスタファの回想
「ようやく、片付いたな」
「ああ」
馬車の中、ムスタファの座っている向かいでは、側近の諜報員2人も同席し、話していた。
「今日の、ジン騒動は、2件か」
「立て続けに起こったのが、ちょっとな……」
ジン騒動……といっても、実際のところは、よくある日常的な住民同士の内輪もめに、ジンの噂による被害妄想が、その内輪もめに拍車をかけ、過激になってしまった、といった調子のもので、直接的にジンが関わっているわけではなかった。
「タイミングが、悪かった」
「そうだな」
「先行した護衛騎馬隊のお陰で、すぐに終息したが……」
「ちょっとずつ、頻繁に起こるようになってきたな」
「単に、住民同士の問題だけではない気がする」
「ああ。噂だと、このジン騒動をいい機会と思って、国内で、国家転覆を企む輩たちの仕業の可能性も、ありえる」
「マジかよ」
「……」
諜報員2人の会話に、口を挟むことなく、ムスタファは聞き流していた。
「……」
少し、疲労が蓄積しているようだ。
メロの国内におけるワイルドグリフィンの出現。ほぼ同時に、ジンが娘の前に、姿を現した。
ジンが誰に化けているのか。誰と接触したのか。次々に舞い込んでくる情報に、刻一刻と変わる、情勢。
そこからというもの、休むことなく、動き続けていた。
そんな中で、一度、ジンに接触することはできた。ウテナとオルハンが足止めするかたちになって、そこに駆けつけることができた。
だが……、
《私は私で、この国を、救済しようというんですよ。まあ、見ててください》
ジンが塵となって消えていくのを、なすすべなく見ていた。
「ウテナの住居近くを徘徊している護衛を、各所に回せないのか?」
「いやキツいだろ」
「むずいかな」
「今日、走り回っているときに、ウテナの住居の近くを通ったんだが……」
「なんかあったのか?」
「ひどい、有り様だったよ……外壁は薄汚れて、ほとんど壊れてしまった扉には、口にするのもはばかられる文字が並んでて……外壁には石を投げられた跡が、いくつもあった」
「マジかよ……」
「かつての人気の反動もあったんだろう。それに、その分、嫉妬の目も、多かったのかもしれない」
――ガラガラガラ……。
「ウテナが、ジンだったのではないかという噂も、広がっているようだからな……」
「それさ、ひどくね?ウテナはワイルドグリフィンから、大通りの市場を、メロの国を守ってくれたじゃ……」
「それすら、疑われている原因のひとつらしい。強すぎるって」
「もう、すべてが、疑う要素になってるのか……」
――ガラガラガラ……。
「ムスタファ公爵」
「……んっ?」
目を閉じていたムスタファは、目を開いた。
「やはり、公の場で、ジンの存在を、国民の皆に、公表するべきだと思うのですが。そうすれば、いま、キャラバン・ウテナにかかっている疑惑も少しは晴れるのでは……」
「……まだ、できない」
「まだ、というと、この先、いつ、公表できるのでしょうか?」
「……分からない」
それでも、ジンの存在を、国として肯定する訳には、いかなかった。
それは、実は、大国はどこでも、やっていることだった。
ジンの存在自体が、人間に、絶望を与え、そして、人間の中に、分断を生んでしまう。
その先にあるのは、内乱。
それだけは、避けなければならない。
簡単に、人間は、一丸には、なれない。
「……」
「……」
側近2人も、黙ってしまった。
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