406 ラクトとウテナ
「……」
ウテナの、夜空の塗装を見上げたその横顔が、ゆっくりと、ラクトのほうへと向けられる。
前に共行し、共に時間を過ごしたとき、背中まであった髪の毛が、短くなっている。肩までとなった黒髪のせいか、前よりも、顔が小さく見えた。
長い袖のついた、足の膝あたりまである黒色のワンピースを着ている。
膝下……そのむき出しの細い足の先には、爪先の開いたヒールが履かれていた。
「……」
2人の目が、合う。
――ドクン……。
ラクトの心臓が鼓動する。
「……え?」
星の光に照らされているウテナのその目が、驚きのせいか、一瞬、大きく見開いた。
「……」
しかし、次の瞬間には、その瞳には、先まで星を見上げていた時と同じ、虚ろな光が戻っていた。
「……ウフっ」
ウテナが、微笑みかける。嬉しそう……なのか、どうなのか。その微笑みは、なんともいえなかった。
ラクトがこれまでで見たことのない、初めて見る笑顔だった。
「ラクトだ~。久しぶり~」
いつかの眠気にとらわれていたときにしていた、ウテナの、可愛らしさのある声が響く。
「お、おう」
「元気だった?」
「ああ。元気、だった……」
――ドクン、ドクン。
その声が響く度に、ラクトの血は沸き、激しく身体を巡る。
「どうしたの?」
「ウテナ、ここから、脱出するぞ」
「ここから?」
「そうだ」
「ウフフ、どうして?」
ウテナが、微笑む。
「いや、どうしてって……」
「あたしね、いま、ここで、お星さまたちを、見ていたの」
「えっ……?」
「あたし、ここのお星さまたちが、大好き。だって、動かないから。みんな、変わっていかないから。みんな、変わることのない、やさしい光を、ずっと、届けてくれるから……」
「……」
ウテナが夜空の塗装を見上げた。そして、ニコリと笑う。
「ねえ、ラクト、名前も、つけたんだよ。あれが、フィオナ、あれが、ルナ。あれが……」
一つひとつ、ウテナは自分が名付けた星を指差してゆく。
「お星さまたちを見てると、笑顔になるの。私も、あのお星さまみたいに、なりたいなぁ……でね、あれが……」
その後も、星一つひとつにつけた名前を、ウテナは無邪気に口にし続ける。
「おい、ウテナ……」
たまらず、ラクトが口を挟む。
「あっ、そうだ」
ウテナが、ラクトに再び、顔を向けた。
「ねえ、ラクト。いま、ダガー持ってる?」
「え……?」
――スゥ……。
すると、ウテナは左の長袖をまくった。
「……!」
手首から肘に至るまで……そこには、刃物で傷つけられ続けたであろう、無数の切り傷が生々しく残った、ウテナの左腕があった。
「そろそろ、おばさん達の声が、聞こえてきそうなの」
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