405 天廊、奥の間

 青空の中を滑空するかのように、走る。


 時おり壁にある白い模様が、一瞬で視界を通りすぎていく。一本通行のため、道に迷うことはない。


 ――タン!


 いくつかの曲がり角をラクトは曲がった。すべて、右曲がり。


 「!」


 扉のない、アーチ状の出入り口が、右手に現れた。


 「……」


 ……これ、どこかで……?


 どこかで感じたことがあるというか、この出入り口を、くぐった経験が、あるような……そう思いながら、ラクトは足を踏み入れようとした。


 「……」


 踏み入れようとした足を、一度、引く。


 そして、駆け抜けてきた一本道の青空を、ラクトは見た。


 「……」


 遠くなってしまったためか、ミリーの覇気も圧も感じることなく、マナトの声も、なにも、聞こえてこない。


 静寂。


 「……フゥ」


 一度、緊張感を吐き出した。肩に入っていた力が抜けてゆく。先まで沸いていた血も、スゥ~っと、冷めてゆく。


 身体を動かした後ということもあろうか。かえって、落ち着きを取り戻しているように、思える。


 「……よし」


 ラクトは、アーチをくぐった。


 「あぁ、そうか、分かった……」


 ラクトはくぐりながら、それがサライの回廊に設置されている、アーチ状の、回廊と中庭をつないでいる出入り口と、つくりが一緒であることに気づいた。


 天廊の奥……アーチをくぐり抜けたその先は、先までと一転して、薄暗く、広さのある空間だった。


 暑くもなく、寒くもない。


 ――ズッ……。


 足が、少しだけ沈む。


 「んっ?」


 下には砂が敷かれていた。柔らかい上にキメが細かく、足の裏の肌触りが気持ちいい。


 ……つか、俺、裸足だった。

 自らの足を、今更ながらラクトは見た。


 「おっ?」


 今度は、ラクトは天井を見上げた。


 かなり高い上に、半円状になっているようだった。


 「ほぉ……」


 そして、その半円には、大小、無数の星の瞬く夜空が、描かれている。


 まるで、夜中にサライの中庭に出たときのような、心地よい解放感をラクトに与えた。


 ……星は、あれは、塗装なのか?

 ラクトは天井に描かれている星を見上げながら、思った。


 なぜか、描かれているはずの星の一つひとつ……そのどれもが自ら発光している。まるで、本当の星のように、遮るもののないその空間を、照らしていた。


 しかし、その夜空は、時が、止まっているかのように、動くことは、なかった。


 「……」


 その静けさ、解放感……天廊の奥の間にあったのは、夜のサライの中庭を模した、砂の敷かれている広大な部屋だった。


 少し、ラクトは歩いた。


 中心には、焚き火用の薪が、円錐状に立て掛けられている。だが、火はついていない。


 ……こんなに落ち着ける空間が、先に、待ち受けていたなんてなぁ。


 「あ……」


 ――ドクン……。


 しかし、せっかくのその落ち着きも、その姿を見てしまったあとには、もはや、過去のものでしかなくなっていた。


 部屋中央にある薪の先……焦げ茶色の、木製のベンチに腰かけて、夜空の塗装を眺めている、一人の女性。


 「ウテナ……」


 その名を、ラクトは呼んだ。

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