401 待ち受けるもの、ミリー

 「くそっ!もう一人いやがったのか……!」


 ラクトは身構えた。


 ……ここまで来て、引き下がるわけにいかねえ。


 迷ってはいられない。ラクトはダガーに手をかけた。


 「ウテナさまは、言っておられました。いずれ自分に会いに、一人の男が現れるだろうって。その男の名は……」


 ――バサッ。


 相手が、黒いマントを脱ぎ捨てた。


 マントの下は割烹着姿をしていて、背は低めで、茶色い髪の毛は後ろで束ねられ、どこかの召使いの装いをしている。


 「……私は、ミリー。諜報員の一人であります。戦う前に、確認をさせてください」


 ミリーが、ラクトを見つめる。その濃い青色の瞳は無表情で、どこか、虚ろだった。


 「お名前は?」

 「……ラクト」

 「……そう」


 すると、ミリーが、首を振った。


 「あなたでは、ない。安心は、できませんが」

 「おい、ウテナは無事なのか?」

 「……あなたは、ウテナさまの、何なのでありますか?」


 ――サッ!


 言うと、ミリーが動いた。


 「!?」


 動いたと思うと、もう、ラクトの前まで距離を詰めてきていた。


 ……速い!


 ――ヒュンッ!


 ラクトは反射的に身体を仰け反って双剣の一閃を避けると、一度、大きく後ろに引いた。


 「……反応、おそろしく速いですね。まさか私の一閃をよける人間が、いるなんて」

 「……」


 ……下にいた諜報部隊のヤツらとは、桁違いに強いな、この女。


 その一瞬の動きで、ラクトはミリーの強さを感じ取った。


 「ずっと、ウテナさまと一緒に、過ごしていた……」


 ミリーが、独り言のように、話し始めた。


 「それでも、私は、分かっていなかった……ウテナさまが、なぜ自らを、傷つけているのか……」

 「自らを……?おい、どういうことだ」


 ラクトが、ミリーに問いかける。


 聞こえているのかいないのか……ミリーは続けて言った。


 「ようやく、分かったのであります……ただ、ウテナさまは、婦人たちの……この国の、みんなの笑顔が、ただ、見たいだけなんだって……」

 「……」

 「ウテナさまは、いま、この国の、すべての罪を、その一身に、お背負いになっていらっしゃる……」

 「……」

 「ずっと心の中で吹き荒れている砂嵐に、なにもかもを奪われてもなお……」


 ミリーの手が、身体が、ぷるぷると震えた。


 「あの方は、無邪気に振る舞おうと……この私にすら、笑顔になって、ほしいからと……」

 「……えっ」


 ……泣いている。


 ミリーの瞳から涙が溢れて、頬をつたって細い線を描く。


 「……あんなに、美しい心を持ったお方を、これ以上、苦しませたくないのであります」

 「おい、言ってる意味が……」

 「いや、もう、これ以上、ウテナさまは、傷つかなくて、いいのであります……これ以上、ウテナさまを苦しめる者は、許さないのであります!!」


 ミリーの瞳から、涙が途切れる。そして、くわっと、ラクトを見据えた。


 「……チッ」


 ラクトは舌打ちした。


 ……結局、ウテナはどうなんだよ!


 「諜報部隊筆頭として、ウテナさまを心の底から慕う者として、ウテナさまは、私が……このミリーが、お守りいたします!!」

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