400 天廊

 諜報部隊の足音が、遠くなり、聞こえなくなった。


 「……」


 静寂に包まれ、さっきまでの、マナトと諜報部隊との激戦が、嘘のようにしんとして、物音ひとつ、なくなっている。


 ――ザッ。


 広間に、ラクトは足を踏み入れた。


 「……」


 ――タッ、タッ……。


 あまりにも静かすぎて、自らの足音すら、大きく聞こえてしまうように、ラクトには思えた。


 ――キィィィイン……。


 先までの激しい戦いの音からの、静寂……耳が慣れていないのか、小さく耳鳴りがする。


 どこか、さっきまでの戦いが、実は夢だったのではないかと、ふと思ってしまうほどの、広間の変わりよう。


 そんな広間を、ラクトは進んでゆく。


 そして、広間中央の、らせん階段の手前まで来た。


 手すりの部分は、金色に輝き、階段の一段一段に、赤い絨毯が敷かれている。


 「……」


 ラクトは、履いていた靴を、脱いだ。


 ……絨毯に上がるときは、靴を脱ぐように……だったよな、マナト。


 マナトが踏むことのなかった、らせん階段を、ラクトは上ってゆく。フカフカと、踏み込むたびに跳ね返してくる絨毯の感触が、足の裏に、直に伝わる。


 《あとは頼んだよ》


 マナトの言葉が、ラクトの脳内によみがえる。


 「……はぁ~」


 らせん階段を上がりながら、ラクトはため息した。


 ……かっこよすぎるぜ、マナト。


 最初に出会ったとき、あの薄汚れた服と、弱々しい動作と、情けない涙の痕は、もう……いまのマナトには、見る影もない。


 ……いつから、お前、そんなに強くなったんだよ?


 いまも諜報部隊と戦闘しているであろうマナトに、心の中で語りかける。ラクトに中にいるマナトはただ笑って、『そうかな?』と返事していた。


 《ウテナは、君が救い出すんだ……!》


 ……分かったよ。


 らせん階段を上りきる。


 目の前には、焦げ茶色の木製の、アーチ状の扉。取っ手には、金色の装飾が取っ手に施されている。


 天廊へと繋がる、扉。


 「この中に……」


 ラクトは扉の、きらびやかな取っ手に、手をかけた。


 ――ガチャッ。


 扉を、開く。


 中へ。


 ――パアァァァ…………。


 一気に視界が明るくなり、自然、ラクトは目が、細くなった。


 「……うわっ!?」


 次の瞬間、ラクトは、身体が空に投げ出されたかのうような感覚に襲われ、尻餅をついた。


 「……って、なんだよ、塗装かよ……」


 壁も天井も、床にまで、空色だった。そして、まるで昼のように、明るい。


 そのため、ラクトは天廊に入った一瞬、遥か上空に投げ出されたかのように錯覚してしまった。


 ラクトは起き上がった。


 道は一本で、空色の塗装で錯覚してしまうが、実際の広さでいえば、サライの回廊ほどの幅と高さの通路だった。


 天廊を、進んでゆく。


 ……あれは?


 空色の壁の中に、ところどころ、白く塗られている箇所がある。


 それは、すじのように伸びているのもあれば、細かな粒がたくさん集まっているのもあり、また、積み重なって大きな塊となっているものなど、さまざまな模様を描いていた。


 「……」


 その白い部分を不自然に思いつつも、たとえばこれが空であるなら、まるでそれがあったほうが、より自然な気もするような、不思議な気持ちにラクトはなった。


 そんな時、


 「やはり、来たでありますか……」

 「!」


 目の前に、黒いマント姿の女性が一人、現れた。

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