396 諜報員本部②/諜報員の会話

 やはり、ウテナの立場は、かなり危ういようだ。


 「……!」


 マナトが、ラクトの腕を掴んでいた。


 無意識に、ラクトはりきんでしまっていた。


 ……落ち着くんだ、ラクト。


 マナトが視線で語りかける。


 ……分かってる。


 ラクトは無言でうなずいた。


 マナトとラクトが裏手に隠れていることには気づかず、2人の男は階段を降りてきた。


 「そんで、ウテナはいま、どこに?」

 「この本部の最上階、『天廊』だ」

 「マジ?」


 2人の会話が、より近くに聞こえてくる。


 「昔、メロに亡命してきた、どっかの王族をかくまうために増築したっていう、あの天廊?」

 「らしいよ」

 「厳重保護ってヤツじゃねえか」

 「だな。天廊は、四方が分厚い壁に囲まれていて、外からは入り込めない仕組みになっているからな」

 「使われてないと思ったら、意外なとこで役に立ったな」


 男の一人が苦笑した。


 「おまけに、その天廊を、いまは、諜報員きっての実力者集団、諜報部隊が守っている」

 「……まあ、命狙われかねないような状態でもあるもんな、いまのウテナは」

 「ああ。正直のところ、この諜報員内ですら、意見が分かれてしまっているからなぁ……」

 「それな……」

 「ちなみに天楼ってさ、俺、入ったことないんだけど……」


 どんどん、会話が遠くなる。


 裏出口のほうへと、男たちは歩いていった。


 「……なるほど」


 ボソッと、マナトがつぶやいた。


 「いくか」

 「そうだね。階段を上っていこう」


 完全に男たちがいなくなったのを確認し、マナトとラクトは階段を上り始めた。


 「僕が先に行くよ。ラクトは後ろを警戒して」


 階段の幅はそんなに広くなく、半分上ったところで折り返して、次の階へと続く、建物によくある種類のものだった。


 折り返す手前までマナトは素早く上り、そして、上側に人がいないのを確認。


 マナトは下にいるラクトに、上って来るように合図を送った。


 ラクトは後ろからの気配を注意しつつ、マナトに続く。


 そうしながら、慎重に慎重に、階段を上ってゆく。


 「……んっ?」


 3階まで問題なく上って来た。が、それ以上、階段は続いていなかった。


 「……ぜったい、ここ、最上階じゃないよな?」

 「そうだね。またどこか、上れる階段が、あるはず」


 階段を上りきった先、角を曲がって続いている、マナ石が小さく灯っている暗めな廊下を、そっと、覗き見る。


 3階も、1階と構造はまったく同じで、いくつもある部屋と、その先には、曲がり角。


 「……誰もいないな」

 「そうだね」


 3階の廊下を、進んでゆく。


 先の諜報員の男2人の会話だと、最上階のほうでは、諜報部隊が……おそらくあの、サロン対抗戦に突如現れた黒マントの集団のことだろう。


 「……」


 ウテナの身が危ないとはいえ、さすがに、明確に敵といえるわけではない諜報員との交戦は、できるだけと避けたいと、ラクトは思った。


 「ラクト」


 歩きながら、マナトが言った。


 「さっきの2人の会話を聞いた限りでは、諜報部隊とは必ず、合間見えることになるようだね」

 「ああ、そうだな」


 マナトもどうやら、ラクトと同じことを考えていたようだ。


 「諜報部隊は皆、僕が引き付ける」

 「なっ……おいマナト、さすがにそれは……!」

 「何言ってるの。そのために、2人で、来たんじゃないか」

 「……」


 ……本気だ。


 マナトの横顔からは、迷いのひとつも感じられない。

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