392 帰路/ラクト、宿屋にて

 「……なんだか、外が騒がしいわ」

 サーシャが言った。


 外から、何やら、がやがやと声が聞こえてくる。


 「たしかに」

 「聞こえますわね」

 「よし、そろそろ引き上げるか」

 ムハドが立ち上がった。


 皆、ぞろぞろと、貸し倉庫を出てゆく。


 ――タタッ!タタッ!


 貸倉庫から出るや否や、皆の目の前を、数騎の騎馬が駆け抜けた。


 そして、その後にすぐ、数人の護衛が走ってきた。


 「クソっ!またかよ!」

 「とにかく急げ!」


 ムハドら一行の横を、護衛が叫びながら走り去ってゆく。


 「騒がしいな」

 ケントが護衛の後ろ姿を見ながら言った。


 「まさか、ジンが……!」

 ミトの表情が変わる。


 「いや、おそらく、そうじゃないんだ、ミト」

 「えっ?」


 ミトが、マナトを見た。


 「おそらく、住民同士の、衝突だよ」

 「住民同士の……」

 「取り調べのとき、諜報員の人から、いろいろ聞いたんだ。最近、夜になると、こうして、騒ぎが起こるようになったみたいなんだ」

 「そうなんだ……」


 すると、ムハドが皆に呼び掛けた。


 「変に関与しないほうがいい。護衛達に任せて、俺たちは、宿屋に戻るぞ」


 ムハドの言葉に、皆がうなずいた。


 宿屋へと、歩を進める。


 「……」

 「……ラクト?」


 行きと同じく、キョロキョロと周りを見ながら歩いているラクトに、サーシャが声をかけた。


 「……」

 「ラクト」

 「あっ、いや、なんでもねえ」

 「……」


 サーシャは無言で、ラクトを見つめている。


 「な、なんだよ?」

 「別に」


 サーシャがぷいっと、前を向いた。


 「いや別にって……んっ?」


 サーシャが前を向いたことで、重なって見えてなかったマナトが、見えた。


 「……」


 マナトもまた、無言で、それでいて、神妙な面持ちで、こちらを見ていた。


     ※     ※     ※


 「……」


 宿屋に戻り、個室へと戻ったラクトは、寝台の上に持参した布団を敷くと、その上に身体を投げ出し、大の字になって、天井を眺めていた。


 ……すぐに会えると、思ったんだけどなぁ。


 メロ共和国に入れば、ウテナに会うのは容易いものと思っていたが、どうやら、そうでもないようだ。


 《だからこそ、ウテナさんが、心配なんだ》

 《精神的に、追い詰められて……》


 マナトが言った言葉を思い出す。


 ……あれ、どういう意味なんだろう。ウテナの身に、危険が迫っているような。でも避難できたんなら、大丈夫なんじゃ……でも、精神的に……あぁ~、もうわかんね!俺、頭わりいんだよ~!


 ――コン、コン。


 「あ~は~い!」


 投げやりな声でラクトは言うと、すっくと立ち上がって、扉を開けた。


 「やあ」

 「あっ!ちょっとマナト!お前に聞きたかったことを今思い出してだな……!」

 「シッ……!」


 マナトが唇に人差し指を立てた。


 「お、おう……」


 マナトはラクトの個室に入ると、静かに扉を閉めた。


 そして、個室には2人しかいないにも関わらず、かすみ声でマナトは言った。


 「ラクト、大声出しちゃ、ダメだよ……?」

 「お、おう……」


 すると、マナトは、改めて、扉に耳を当てた。


 誰にも聞かれていないことを、確認している。


 「大丈夫だね……」

 「おい、マナト、どうしたんだよ……」


 マナトは扉から耳を離すと、ラクトをまっすぐ見つめ、言った。


 「ウテナさんに、会いにいこう……!」

 「!」

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