ウテナ、内なる戦い

382 壊れた心

 いろんな人たちの声が聞こえてくる。お父さん、お母さん、市場で帰りを待ってくれるみんな。


 素晴らしい活躍だって。素敵だって。憧れてるって。あたしのように、なりたいって。


 それらはみんな、自分をほめてくれる、甘美な響き。みんなが、あたしのことをそんなふうに言うわ。


 そんな声が、次第に……、


 ……いや、聞きたくない!聞きたくない!


 どうして?


 なんでみんな、そんなひどいこと言うの?さっきまでの甘美な響きは、なんだったの?


 まるでそっちが本音なんだって言ってるようなものだわ。いやむしろ、そのための、甘美な響きだったんだ。


 そうだったんだ……あぁ、あたし、生まれてこなければよかったのかしら。


 《ウテナ!》


 ……フィオナさんの声が聞こえる!


 フィオナさんは、みんなと違うわ。だって、いつも一緒にいてくれたじゃない。


 そう、あたしにとって特別な……、


 ――ザザァ~。


 目の前が、砂嵐に覆われてゆくわ。


 ……なにも見えなく、聞こえなくなっちゃった。


 《ウテナ!!》


 ……ルナ!


 《よかった……》


 そうだった。あたしには、ルナがいたじゃない。


 あのね、みんな、ひどいんだよ!ルナ、あたしの話、聞いてもら……、


 《あなたはルナさんの、なにを知っているのですか?》


 あっ……、


 《ルナさんにいつも会っているのは、ルナさんのためですか?それとも、自分の優越感を満足させるためですか?》

 《あなたは本当にルナさんを大切に思っているのですか?》

 《自分の欲求を満たすための道具にしているんじゃないですか?》


 ――ザザザァア~。


 ……なによ、それ。なんなのよ……。


 もうヤダよ……。


 そんなの、あたしが一番、サイテーじゃんか……。


 《ウテナちゃん》

 《ウテナちゃん!》


 あっ、近所の、いつも優しい、おばさん達が、笑ってるわ。


 《……》


 ……どうして?どうして、笑顔じゃなくなっていくの?


 やめて、そんな怖い目で、あたしを見ないで。


 どうして、あたしに刃を向けているの?その刃で、あたしを刺そうとしてるんじゃ……。


 ねえ、お願い、笑って?


 どうしたら、笑ってくれるの?


 《……》


 ……あっ、そっか。分かった。


 「ねえ、ミリー」

 ウテナが言った。


 「ちょっと、ダガー、かしてくれない?」

 「……」


 ――ブン、ブン!


 諜報員で、ずっとウテナを監視しているミリーは、大きく顔を横に振った。


 「お願い、かして?」

 「ウテナさま……お願い、もう、やめてください……」

 「お願い」

 「イヤ……」

 「お願い」

 「……」


 ずっと、繰り返し、ウテナはミリーに言い続けた。


 「……」


 ――カチャッ。


 耐えられなくなったミリーが、ウテナにダガーを渡した。


 ウテナの腕に、ダガーが食い込む。


 「……あぁ、よかった~。ほら、ね、ミリー、おばさん達、笑顔になってくれたよ~」

 「もう、やめて……」


 ミリーの、小さくすすり泣く声が、2人だけの空間に溶け込んだ。

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