381 ティアの子
「調べて参りました……」
「うむ」
アブドは先にステージから下がり、観客席に戻ると、執事の報告を受けた。
「国のキャラバンサロンの登録者名簿を見て参りました。サロン・ド・ムハドというものは……ありませんでした」
「ほう」
「つまり、いまステージの上にいる彼らは、この国のキャラバンではありません……!」
「やはりそうだったか」
「分かっていたのですか」
「いや、途中から、そんな感じがしていただけだ」
「さようですか」
アブドは、ステージ上を見た。
「てか、マナト。あの兄ちゃん、最後まで修羅の扉が全開だったぞ」
ムハドが、呑気な様子でマナトと話している。
「確実に、お前個人に対して、なにか思うところがあったみたいだぜ」
「えぇ……」
「まあ、そのうち分かるだろ」
「なんか、あんまり分かりたくないんですけど……」
「あはは、そうかもな」
やがて、ムスタファ公爵に連れられ、ムハドやマナト、また他のメンバーも続々と、ステージを降りてゆく。
「それに、あのような人物が、もしこの国にいたら、知らないはずはないと、ふと、思ったのだ」
「あの、ムハドという男ですか」
「ああ」
ムハドとマナトを含む数人は、ムスタファや諜報部隊とともに、テントの出入り口へ。
他のメンバーは、引き続き対抗戦に参加するためか、観客席へと戻っている。
「ティアが再び、この地に降り立ったのかもしれん」
出入り口へと向かうムハドの後ろ姿を見ながら、アブドは言った。
「……えっ!?」
突如のアブドの発言に、執事がすっとんきょうな声をあげた。
「……あの、公爵、いきなりなにを?」
「原初の母、ティアのことだ」
「いやいや、えっ、あの、公爵、」
執事が失笑混じりに言う。
「原初の母、ティアの伝説は、あくまで創世のおとぎ話であって、それが実在するなんて……」
「生も死もなく、そのどちらもが溶け込んでいるような混沌の中、体内にマナを宿し、生きとし生けるすべてのものを産み出したとされる存在、ティア」
アブドは執事に構うことなく、話し続けた。
「しかしその本質は、転生の繰り返しという説がある」
「転生の、繰り返し……?」
「そうだ。ティアは、時には竜の姿として、また時には、人魚の姿として、また時には……人間の姿として、果てのない転生を繰り返し、その産み出す力をもって、このヤスリブで、生命を育んできた」
「はぁ……」
「そしてティアは、まさにいま一度、人間へと転生を果たし、新たに生命を育み始めているのかもしれない」
「……」
アブドは、話している間にもだんだんと遠くなってゆく、ムハドの姿をずっと、眺めていた。
「!?」
執事が、アブドの視線に気がついた。
「えっ!?ま、まさか、あのムハドという男!?」
「……」
……まさか、このクルールで、この国で、出会うことになるとはな。原初の母、ティアの子よ……。
(ムハド商隊入国、サロン対抗戦 終わり)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます