380 マナト、覚悟の眼差し

 マナトは少し下を向くと、目を閉じた。


 「……」


 この国に入って、見知らぬ人から知り合いとして、声をかけられたこと。


 サロン対抗戦での、オルハンの急襲。からの、場外乱闘。


 そして、血を流せという、ムハドの指示。


 ヤスリブ世界において、このすべてを繋ぎ合わせることができるものは、ひとつしかない。


 ……いやまあ、それでも今なお、自分と戦おうとしている、あのオルハンていう人だけ、よく分からないんだけど。


 思いつつも、マナトは、この国でいま、何が起こっているのかということ、そして、自分が置かれている状況を、静かに、受け止めた。


 ……ジンが、自分自身に。


 「……」


 目を、開ける。


 「よっと……!」

 ムハドが、ステージへと上がってきた。


 「……」


 マナトはムハドのほうへと視線を向けた。


 ムハドが、無言でうなずく。マナトもうなずき返した。


 そして、ムスタファへと、視線を戻す。


 その青い瞳に写るマナトは、覚悟を決めた、真剣な眼差しをしていた。


 「分かりました」

 「ありがたい」

 「マナトといいます。キャラバンの村の、キャラバンです」

 「私はムスタファ。このメロ共和国の、公爵だ」


 するとムスタファは、右手をあげた。


 ――ザザッ。


 黒のマントを纏った十数人が、ムスタファの周りに整列した。


 「おい、待て、マナト……!」

 「ひぇ……まだ!?」


 オルハンの声に、マナトはビクついた。


 「まだ勝負はついてねえ……!」

 「あっ、おい!」

 「ちょっとオルハン!」


 オルハンが、フェンとフィオナを振りきって、前に出た。


 と、次の瞬間、


 「アンタはもういいのよ!!」


 ――ゴォオン!!


 ライラの怒声が聞こえたと思うと、横から放ったライラの右ストレートが、オルハンの顎に直撃した。


 「あぅ……」


 一瞬で、オルハンは意識が吹き飛んて、倒れた。


 「い、医療班!!」

 フェンが叫ぶ。


 医療班が駆けつける。手際よく応急処置を済ませると、オルハンは担架に乗せられ、治療のために連れて行かれてしまった。


 「あの女の人、思いっきり、グーで……」


 その光景を、唖然としながら、マナトは見ていた。


 そして、そんなマナトを、アブドは見ていた。


 「……」


 ……本人が、このような者だったとはな。


 戦いの最中にも、平気で助けを呼んでいたし、いまも戦意のカケラも感じないあたり、少なくても、争いが好きなタイプでないことは、確か。


 ……しかしながら、この者が、メロの国を救う一翼となるかどうかにかかっていることは、確かなのだろう。


 アブドは思った。


 ……どこか、似ている気がする?


 なぜか、目の前のマナトという人物が、あの時のジンと、姿そのものとは別な面で、なんとなく似ているように、アブドには思えた。


 しかし、具体的に、どのあたりが似ているのか、アブドにはしっくり来る言葉が浮かばなかった。


 ……いや、あの男なら、明瞭に言い当てられるかもしれぬな。


 アブドは、少し遅れてステージに上がってきた、ムハドに視線を移した。


 「アブド公爵……!」


 すると、ムハドらを調べるよう指示を受けていた執事が、アブドのもとへやって来た。

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