377 セラとムハド
そして、その任務は、いま先ほど、果たされた。
……アブドという人物を、ムハドがどう見るかどうかによって、残り50頭のラクダを如何とするかを、長老は決めるつもりに、違いない。
交易ひとつをとってしても、長老は、その交易がどのように相手に影響し、また、その周辺、クルール地方……やがてはヤスリブ全体にどう影響するかを、よく考える性分だった。
長い人生経験のなせるものともいえた。
《わしはこれでも、キャラバンの村を興す前まで、いろんな国や村……関わった者達に、そこそこ煮え湯を飲まされてきたからのぉ、ほっほ!》
いつかの大衆酒場で、長老は笑いながら、そう言っていた。
そんな長老が、今回の交易では、細心の注意を払っている。
《……とはいえ、メロの国がラクダを必要としているのも事実。それに、まったく交易しないというのは、お互いの確執を生みかねん。そもそも、ラクダの交易を持ちかけたのは、こちらじゃからな》
メロとの交易をどうするかを決める交易会議の最中に、長老が言っていたと、セラはムハドから聞いた。
《んで、俺が来たってわけだ!その公爵の扉、拝見させてもらえってさ!》
西のサライでムハドと合流した夜、ムハドがご機嫌な様子で言っていた。
……かなり、確信に近い部分までしゃべっていたように思える。
アブドを前に、キーフォキャラバンについて、ムハドは最後に言及していた。
余計なことを言いました、とか言いながら、確実に、その者からある情報を入手している。
生命の扉。
ムハドは、他のキャラバン……いや、他の人間と、一線を画していた。
十の生命の扉のうちの、六つ……苦しみ、欲望、修羅、安らぎ、知恵、天の、それぞれの扉を、ムハドは見ることができた。
その、特殊な力をもって、セラがムハドと出会ったときには、すでにムハドはキャラバンの村内で頭角を現し、そして今では、村を代表するキャラバンとなっていた。
《ああ、いいぜ。安心して、俺についてこいよ、セラ》
《……いや、俺にも、分からねえんだよ。同じ事象が起こってもさ、人によっては、苦しみの扉が開いたり、安らぎの扉が開いたりさ……》
《なあ、セラ。お前が思うほど、男って……》
「!」
セラがなんとなく、出会った頃からの、ムハドとの会話を思い出していると、ムハドにぶつかった。
「ぁたたっ……」
ムハドより、セラのほうが背が高い。そのため、ムハドの頭部に、セラの口が当たった。
「んっ?」
「もう、いきなり止まらないでよ……」
口を押さえながら、セラは言った。
「えっ?」
「ぶつかった」
「あぁ、すまんすまん」
「……どうしたの?」
ムハドは立ち止まって、横を向いている。
「もう、誤解は解けたはずなんだが、なんでアイツ、修羅の扉が開いてんだ……?」
「えっ?修羅の扉って……」
ムハドが見ている方向へと、セラも目を向けた。
すると、先まで豪快に場外乱闘を繰り広げていた男……オルハンがいた。
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