374 ムハドの指示

 「お~い!マナトぉ~!」


 アブドが話していると、いきなり、ムハドがステージのほうを向いて、叫んだ。


 「は、はい!」


 ステージの上、先まで戦いを繰り広げていた例の男……マナトが、少し緊張気味に、ムハドに返事した。


 「いま場外乱闘を仕掛けてきた、同じ水を操る兄ちゃんもそうだが……よく分からないが、ちょっと、お前、なんか疑われてるみたいなんだよな」

 「う、疑われてるって……?」

 「血、流せるか?」


 そう言い、ムハドは自分の腕を切る仕草をした。


 「!」


 ……この男。


 アブドは目を見開いて、ムハドを見た。


 「えっ?……えっ?」


 マナトは困惑している。


 「入国時にも、やりましたけど……」

 「いや、この場でも、必要っぽい!」

 「そ、それって、僕が……えっ?そういうことになるんじゃ……?」

 「いやだから、よく分からねえんだけど!でも、たぶん、とりあえず、そうしたほうがよさそうってことだ!」


 ムハドがマナトを説得している。


 ……間違いない。この男、確信を持って言っている。


 どのみちその件に関しては、もう少しムハドと会話した後にすぐ、アブドは聞くつもりだった。


 それを、先の会話だけで察してしまったのか、アブドが問いかける前にもう、ムハドが言ってしまったのだ。


 ……先の会話だけで、ということか。……もしそうなら、このムハドという男、かなり観察力と洞察力に優れている、ということか?


 マナトに血を流すよう促しているムハドを見ながら、アブドは思った。


 「と、とりあえず、了解です!」


 マナトが、自らの腰につけているダガーを抜いた。


 「!」


 その動作に思わず、アブドは身を乗り出して、ステージの上を凝視した。


 「な、なに……!」


 同じくオルハンも、驚いた表情でステージを見ている。


 「……まさか、この、ミトからもらったお守りダガーで切る最初の相手が、自分自身になるなんて、はは」


 マナトは苦笑しながら、ダガーを自分の腕に、少し、当てた。


 ――スッ。


 「……ったい」


 マナトがつぶやく。


 ――ツ~。


 左腕の外側、少しだけ出来た切り口から、赤い血が出てきた。


 「血が……!!」


 その光景を見て、アブドは声が漏れた。


 「なっ……!!」


 オルハンも唖然として、マナトを見ている。


 ……ジンでは、ない!


 その血が、すべてを物語る。


 「どうやら、誤解は、解けたようですね」


 ムハドがアブドに、笑顔を向けている。


 「こういった時によく思うのですが……世の中のいざこざの原因になるものは、悪意ある者の作為よりも、一時的な誤解や気の迷いのほうが多いんじゃあ、ないんでしょうかね?」

 「……フッ」


 アブドは口元を緩ませ、言った。


 「君の、言うとおりだろう」

 「では、我々は、これで」


 合掌し、一礼すると、ムハドが後ろを向いた。同時に、後ろにいた2人も立ち上がる。


 「ちょっと、待ちたまえ」


 アブドが呼び止めた。ムハドが振り向く。


 「なにか?」

 「アーリの階級に、上がりたいのかね?」

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