373 アブドとムハド
「……」
しばし、アブドは男と見つめ合った。
アゴや口まわりに髭はなく、両サイドを短く借り上げた黒髪は、男からも女からも受けのよい清潔感を感じさせる。
そして、太めの眉毛に、真っ直ぐな、大きな黒茶色の瞳。ヤスリブでは一番メジャーな瞳の色だ。
だがそんな瞳からは、他の誰からも感じることのない光が放たれている。
見たところ、年齢は、20代半ばくらいか。
……その瞳の光は、若さゆえの不適な輝きか。それとも、生まれながらにしての、天性のものか。
「……よいしょっと」
男が立ち上がった。アブドのほうへと歩いてくる。
すると、近くに座っていた、長い金髪の女と、黒地の中に赤い色が混じっている髪の毛の、背の低い男も立ち上がり、男の後ろに続いていた。
男達が、アブドの前までやって来る。
「き、貴様ら公爵になにを……!」
盾持ちの護衛がアブドの前に出ようとする。
「いや、構わ……」
「なにもしねえよ。挨拶だけだ」
アブドが護衛を制しようとするより先に、男の少し低い、よく通る声が響いた。
「……」
盾持ちの護衛が、下がる。
――ザッ!
男、そして後ろにいる金髪の女と赤黒の髪の男が、一斉に両膝を折って、その場に座した。
――パンッ!
そして、男が、両手を合わせた。
「はじめまして!キャラバンの、ムハドと申します!お目にかかれて光栄です、アブド公爵!」
座して、合掌。目上に対する儀礼。
しかし、その振る舞いにすら、この男……ムハドからは、落ち着きと風格が漂ってくる。
ムハドは言葉を次いだ。
「大国でありながら、あえてキャラバン強化政策を取られたことに、イチキャラバンとして、驚きと敬意の念を抱かざるを得ません!」
大国というものは、基本、キャラバンを持たない。
危険の多く、また負担の大きいキャラバンという職業は、大国では、実は、人気がない。
実際、クルール地方第一の国であるアクス王国は、自国のキャラバンというものを持っていない。
そうしなくても、周りの小国や村から、大国の物資を求めて、キャラバンが勝手にやって来る。
大国は、なにもしなくても、物資が勝手に流通する仕組みになっていた。
つまり、自国でキャラバンを持つ必要が、ない。
それを踏まえた上で、あえてのキャラバン優遇政策をメロの国で行ったアブドへ対する賛辞を、ムハドは述べていた。
「……フッ」
アブドは微笑んだ。
「喜ばしいことだ」
そして座する男……ムハドに言う。
「君のようなキャラバンが、この、メロの国で育っていようとは」
「……」
「君の後ろで座している2人も、また、君たちのサロンメンバーも、どうやら、皆、相当な手練れのようだ。あの、水を操る者も……」
アブドはステージのほうへと目を向けた。
「あの場外乱闘を繰り広げた者も、君たちのサロンメンバーだったんだな」
「……」
ムハドはアブドに目を向けたまま、黙っている。
「……あぁ、安心したまえ。今回の場外乱闘の件に関しては、不問にしてある。壊れた照明灯の心配も、しなくてよい。……しかし、君たちのようなサロンが、砂漠の砂に埋もれるかのように、この国に隠れていようとは」
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