370 2人の水の能力者④/アブドの言葉

 ――ジジジジ……!!


 ウォーターアックスの音。


 ――バシュッ!


 マナトの足元で水が弾ける。


 「チッ」

 オルハンが、そこそこ大きな舌打ちをした。


 アメンボの初動を駆使したマナトの高速移動が、ウォーターアックスの斬撃よりも一手先をゆく。


 ウォーターアックスが振り下ろされる時には、マナトの姿はそこにはなかった。


 ……一瞬だけなら、ラクトに匹敵するくらいに、素早く動ける。


 とにかく、マナトは回避に徹していた。


 ……接近戦になって、斬り合いに持ち込まれるのだけは、ぜったいに避けなければ。


 そもそも、剣技のひとつも、マナトは習得出来ていない。カッキョオオンもいいところだ。一瞬でウォーターアックスに真っ二つにされてしまうだろう。


 「逃げてばっかだな!おい!」


 ウォーターアックスを振り回しながら、オルハンが怒鳴るように言う。


 「そりゃ逃げますよ!」


 マナトも負けじと言い返した。


 「へっ!俺が怖いか!」

 「はい!怖いです!めちゃめちゃ怖いです!」

 「なんだと……どこまでもフザけやがって!!」

 「……なんでそ~なるのぉ!?!?」


 ――スタッ。


 悲鳴をあげながら、マナの照明灯の柱に、マナトは垂直に着地した。


 ……やはり、先にテッポウウオを当てた時と同じように、少し距離を取らないと。


 「おらぁ!!」

 「!」


 ウォーターアックスの射程が再び伸びてきた。


 ――ガッシァァアアン!!!


 アブド公爵の座っている席の近くにある、マナの照明灯がウォーターアックスの斬撃によって破壊され、ばらばらと照明灯のランプ部分の破片が飛び散った。


 「こ、公爵をお守りしろ!」

 アブドの執事が叫ぶ。


 「はっ!」


 アブドの近くにいた、盾持ちの護衛が動いた。前に立ち、流れ破片による被弾を防ぐ。


 「……」


 アブドは腕組みをしたまま、まったく動じていなかった。


 「もうよい。前が見えん」


 護衛が退き、アブドの視界が戻る。


 破壊されたマナの照明灯。照明灯を貫いた、伸びたウォーターアックス。水流に乗って滑走する、一度、会ったことのある黒髪の男が見えた。


 ――ゴロゴロ……。


 照明灯の中に入っていた、通常より大きめの、丸い火のマナ石が転がってきた。


 「……」


 一瞬、アブドはそのマナ石を見た。


 ――シュゥゥ……。


 地面が、水で濡れている。その水によって、アブドの近くに転がってくるまでに、濡れて炎は消えてしまった。


 「また照明灯を壊して……!」

 執事が嘆かわしい表情で言う。


 「公爵、これ以上は止めないとまずいのでは……!」

 「いや、構わん」

 「えっ!?」


 執事が驚いて、アブドを見た。


 「し、しかし、このままだと、被害が……」

 「ここにいる連中は皆、キャラバンしかおらん。強さに差はあるのだろうが、最低限、自分らを守る行動くらい取れる。我々が被害に会わないようにさえしていれば、問題ない」

 「そ、そうですか……」

 「それより、目の前の戦いを見ていたまえ」


 ステージの周りを飛び回るように乱闘する2人を見ながら、アブドは言った。


 「あれが、原初の母、ティアの愛……マナを体内へ宿すことを許された、2人の戦いだ」


 そう、執事に言いつつ、水流に乗って滑走する男に、アブドは目線を向けた。


 ……あの夜、私の公宮に現れた者に、違いない。ということは、やはり、ジンということか?


 「公爵」


 アブドのもとに、別の執事が駆け寄る。


 「ムスタファ公爵から伝言です。すぐに、向かう、と……」

 「……」


 アブドは無言でうなずいた。

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