ムハド商隊入国、サロン対抗戦

355 ウテナ、馬車の中にて/諜報員、ミリー

 ――ガラガラガラ……。


 歯車の音が鳴る。


 2体の茶色い毛並みの馬に引かれ、街中の路上を一台の馬車が進んでいた。


 馬車全体が紺色の布に覆われていて、窓がなく、外からは誰が乗っているか、伺い知ることはできない。


 そんな薄暗い馬車の中、前と後ろの両端、向かい合うようにして、護衛服姿の女諜報員とウテナが座っていた。


 「ウテナさま、そろそろ、大通りに差し掛かる頃でございます!」


 護衛服姿の女諜報員が口を開いた。


 「……」


 ウテナは何も言わない。半目で、口も半開き。馬車の端にもたれかかって、虚ろな表情のまま、少し下を向いていた。目の端は少し赤くなっていた。


 左の手首には、リストバンド。


 今より少し前、身の潔白の証明のために、婦人たちの目の前で、手首を少し切った。


 血が流れるのを見た婦人たちは、一瞬、ホッとした。手に持っていた包丁もしまった。


 だが、


 《ごめんなさい、ここから、出ていって……!》


 次にまた会った時、ジンか本人か、保証がない。


 そうなると、また、血の確認。出会う度に、血の確認……そうしないと、安心することなど、できるはずがなかった。


 ジンが、いなくならない限り……!


 「あっ、申し遅れました。私、ムスタファ配下諜報部隊の、ミリーと申します!」

 「……」

 「お腹空きませんか?朝ご飯食べてないですよね?」

 「……」

 「ダメですね、こりゃ」


 護衛姿の女諜報員……ミリーはお手上げと言わんばかりに、両手をあげた。


 馬車の外が、賑やかになってきた。


 「どうやら、大通りに出たところでございますね~」


 そう言いながら、ミリーは馬車を覆う紺色の布を少しめくって、外を見た。


 「おぉ!?」


 大通りのど真ん中を、たくさんのフタコブラクダが歩いていた。数はざっと見て、50体は余裕に越えているようで、大通りにいる皆、その壮観な光景を、物珍しそうに眺めている。


 馬車が、そのたくさんのラクダ達より少し速い速度で、追い抜いてゆく。


 また、そのラクダ達を囲むように、キャラバン達も平行して歩いていた。


 見たことのない面子ばかり。


 馬車はどんどん進み、ラクダ達の先頭へ。


 「!」


 ひとりの、隊長と思われる男に続いて、2人の男に、1人の女。


 先頭を歩くその4人の姿が、格段、人目を引いていた。


 威風が、道を払っている。


 「あぁ……救世主さまだ……」


 その4人を見て、土下座して、拝する者すら、現れていた。


 4人は、そんな者達を気にかける風もなく、ラクダ達とキャラバン達を引き連れ、歩いている。


 「すごい……あれは、どこのキャラバンサロンでしょうか!?」


 ミリーが興奮気味に、ウテナへと顔を向ける。


 「う、ウテナさん!スゴいですよ!?なんか、スゴいことが、起こってます!」


 しかし、ウテナはうなだれるように馬車の布にもたれかかったまま、虚ろな目を動かすことは、なかった。

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