354 壊れゆく日常/ウテナ、崩壊の朝

 キラキラと、手に持った包丁が、朝の陽射しで反射する。


 「血の確認をさせてください」


 そう、護衛たちに言う婦人たちの顔は、ウテナがこれまで見たことのない……見たくない顔だった。


 「ご婦人がた、おやめなさい!」


 扉に立っている、2人の護衛のうちの一人が叫んだ。護衛のほうも、これまでと違い、腰に長剣、背中に盾を備えている。


 「この部屋の中にいるのは、本人であります!」


 さらにその護衛が、説得に入る。


 「あなた達、刃を向けられる、このお部屋の住人の気持ちになってみてください!」

 「……」

 「はやくその物騒なものをしまって、自分たちの家に戻るのです!」

 「……よく言うわね」


 ひとりの婦人が口を開く。護衛を見据えたその婦人の眼差しからは、いつもの優しさは微塵も感じられない。


 「……あなた達こそ、なんで本人って分かるのよ……!」

 「……」

 「次に会ったとき、安心って、誰が保証してくれるの……!」

 「それは……」

 「どうせ、あなた達は、まだジンに会っていないだけなのよ……!!」

 「……」

 「あの時、あのコは間違いなく、私の隣にいたのよ……そして、私たちの前で、次々と、護衛さん達を襲ったのよ!目の前で、血しぶきが、飛んだのよ!!」


 叫ぶ婦人の、包丁を持つ手は、震えていた。


 「目の前で見た護衛さん達の血しぶきが、今度は、自らの身に振りかかってくるかもしれないのよ!!あの光景が目に焼き付いてる……もう、私たち、怖くて、眠れないのよ!!みんな、あのコは実は、最初からジンだったんじゃないかって言ってる。だから、あんなに強いんだって……殺人鬼が近所に住んでいるようなものなのよ!!!」

 「……」


 扉から離れる。


 ウテナは後ずさりした。


 そして、崩れるように、座り込んだ。


 《あら!ウテナちゃん!これからお仕事?行ってらっしゃい》

 《ウテナちゃん!これ、知り合いの農夫さんから送られてきた果物よ、余っちゃうから、おすそわけ!》

 《いい男、見つけた?ウテナちゃんも、いい年頃なんだし、そろそろ……ねぇ、オホホ》

 《えっ!?ちょっと、気になるコ、いるって!?どんなコ!?……交易中に……うん、うん……》

 《ウテナちゃん、ジンの噂、聞いた?最近、物騒よねぇ……》

 《でも、ウテナちゃん強いもの!ウテナちゃんがいれば、大丈夫よね!》

 《ウテナちゃん》

 《ウテナちゃん!》


 「イヤ……」


 ウテナの瞳から、ボロボロと、涙がこぼれた。


 いつもすれ違うと、なんでも話してくれた、あの婦人たちは、もう、そこには、いなかった。


 ――カチャッ。


 扉に、誰かが、手をかけた。


 「!」


 ――キィィィ。


 扉が、ゆっくりと開かれる。


 ウテナは反射的に、奥の部屋の、玄関から死角となって見えない壁に隠れた。


 ――スッ、スッ。


 靴のすれる音がして、奥の部屋へと、歩を進めてくる。


 「!!」


 ――ボゴッ!


 「ハァ……ハァ……?」

 「……ふぅ~、危なかったです!」


 ウテナの拳が、盾にめり込んでいた。


 「落ち着いてください!ウテナさま!」

 「あ、あなたは……」


 昨夜、割烹着姿だった女諜報員が今度は護衛の格好をして、その盾で、ウテナの拳を受け止めていた。


 「ここはもう、危険であります!頃合いを見てここを去りますので、ご準備を!」


 (キャラバンサロンの変化、メロの混乱 終わり)

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