353 変わりゆく日常④

 「はい!その通りであります!」


 ムスタファの隣に立っている、割烹着姿の召し使い風の女諜報員が口を開いた。


 「寝ているときも、私が、片時も離れず監視するであります!」

 「……」


 いきなり告げられた徹底監視の提案に、ウテナは即答できなかった。


 心の準備が、追い付いていない。


 「……ムスタファ公爵」


 しばらく流れた沈黙を、フィオナが破った。


 「少し、時間をくれることは、できないのですか?」

 「気持ちは分かるが、事態は、急を要する」

 「でも、すべてが、あまりにも、いきなり過ぎます。たとえジンの危機が迫っているとしても、ウテナにも、考える時間を与えるべきだと思うのですが」

 「……」


 ムスタファは、腕を組んだ。目を閉じて、なにやら考えを巡らせている。


 「……仕方ない、分かった。返事を待つとしよう」

 「ほっ……」


 ムスタファの言葉に、ウテナは少し、気持ちが楽になったような気がした。


 「フィオナさん、ありがとうございます」

 「いいえ」


 フィオナはウテナに、優しく微笑んだ。


 ムスタファは、隣の割烹着姿の諜報員に、なにやら耳打ちしていた。


 「ウテナ。今日は、ゆっくり休むんだ」

 「はい」

 「そうね、ちょっと、疲れちゃったわよね、ウテナ」

 「そうですね……」


     ※     ※     ※


 「……んんっ」


 ウテナは目を覚ました。


 自分の家の中。2部屋の簡素な間取り。小さな窓から、陽の光が差し込んでくる。その光が、奥の部屋で寝ていたウテナの顔を照らしている。


 だが、起きた原因は、その陽の光ではなかった。


 「……」


 外が、少し、騒がしいようだ。誰かが話す声が聞こえてくる。


 ……あんまり、気持ちよく起きれなかった、かな。


 「こんなんで、今日のサロン対抗戦、ちゃんと貢献できるかなぁ。ぼんやりとしてもられないのに……」


 ひとり、ウテナはボソッとつぶやいた。


 昨夜打ち明けられた、ムスタファ公爵の監視について考えていたが、そこから派生して、前のジン=シャイターンと交戦して、敗北したことなど、いろいろと考えてしまい、あまり寝れなかった。


 「……」


 ……やはり、外が騒がしいみたい。


 なにか揉めているような、言い合いしているような。家の中だと内容は聞き取れないが、おそらくこの集合住宅の前でなにか起こっているようだ。


 ……まさか、ジンがまた出現しているのでは!


 少し様子を見ようと、扉に向かう。


 扉には、小さな穴が空いていて、その穴から外を景色を、狭いが見ることができた。


 ウテナが、扉の穴に目を向けて、外を見た。


 「えっ……」


 そこにいたのは、いつも話しかけてくれる優しい婦人たちと、それに対応する護衛たちだった。


 その婦人たちの手には、包丁が、握られていた。

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