351 変わりゆく日常②
「くっ!」
動くのが、一歩、遅かった。気がついた時にはもう、包囲されていた。
――カチッ。
フェンが両腰につけている、双剣に手をやった。フィオナもレイピアを握る。
「……」
ウテナも、ナックルダスターを右手にはめ、姿勢を低くした。
包囲してきた連中を見据える。
長袖、長ズボン、長靴に、肩からタオルをかけている、農家の格好した男、鉄の甲冑を身に付けている護衛風の女、白装束の商人風の男、割烹着の召し使い風の女、執事風の男などなど……
皆、服装はバラバラだ。
……さっき歩いているときに感じた気配とは、まるで違う。
ウテナは思った。
人数は、十数人。統率が取れている上に、相当に精錬されているのが、動きを見て分かる。
何より、彼らが動くまで、フェンもフィオナも、また、ウテナもまったく気づかなかった。
「この集団は……!」
フェンが、双剣から手を放した。
フィオナも、構えを解いている。
「なぜ、諜報員の方たちが、こんな真似をなさるのです!」
仰々しい感じで、フェンは大きく声を張りながら言った。
「えっ、この人たちが……」
ウテナは、諜報員を見るのが初めてだった。
国内における、ありとあらゆる諜報活動を行っている部隊だ。
「なぜ!私たちを、攻め立てようとなさるのです!」
「……」
「同じメロの民では!ないのですか!」
「……」
いつもの倍の大きさの声でフェンが問いかけるが、諜報員たちは、答えない。
――ガラガラガラ……。
と、馬車の車輪の音が、聞こえてきた。
ウテナ達が歩いてきた道のほうから、2体の馬に引かれている馬車がやって来て、3人の前に止まった。
「あえて大きな声で言っていたね。君はなかなか、頭がいいようだ。馬車の中からも聞こえたよ。……まあ、いまはそれも、意味がないようだが」
馬車の中から声がしたと思うと、白装束に身を包んだ、一人の背の高い壮年が出てきた。
「その答えは、私から話そうか」
ぼんやり光っているマナのランプに、その姿が照らされる。
頭に黄色のクーフィーヤを被った、澄んだ青い瞳が、3人を見つめていた。
「ルナのお父さん……!」
「ムスタファ公爵……!」
ムスタファは、右手を横に伸ばした。諜報員に対して、何らかの指示だ。
「……よいのですか?」
執事風の格好をした諜報員が、ムスタファに問いかける。
「血の確認が、まだです」
「問題ない。いま目の前にいるウテナは、サロン大会からここまで、仲間に送ってもらったようだ。……そうだね?」
ムスタファの言葉に、フィオナとフェンが、無言でうなずいた。
「うむ」
するとサッと、諜報員が3人の包囲を解いて、ムスタファの後ろに整列し、膝を折って皆座した。
ウテナは一歩、前に出た。
「すみません、ルナのお父さ……ムスタファ公爵、ちょっと、いいですか?」
「なんだね?」
「さっき、馬車の通ってきた道……私たちも通ってきたのですが、なにか、気配を感じませんでしたか?」
「……」
「諜報員の人たちではない、気配が……」
「……それは」
ムスタファが、目を細めた。厳しい表情だった。
「この住宅街に住む人々の、視線だ。家の窓から、柱の影から、扉の隙間から……みんな、君を見ていたのだ」
「えっ……」
「ジンは、異国の黒髪の男に加えて……ウテナくん、君に化けることも、できるようになってしまった。そして、君の姿のまま、皆の前で、護衛たちを襲ったのだ……!」
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