345 惨劇

 「はい?」


 ウテナが立ち止まり、護衛隊長に返事をする。


 「なにか、ご用でしょうか?」

 「……」


 ……いや、さっきまで、我々は黒髪の男を追っていた。


 いま目の前にいる者が、本当にキャラバンのウテナ本人という可能性も、十分にある。


 「……」

 「た、隊長?」


 部下の護衛たちも、自分たちの護衛隊長に目線を向けた。


 「キャラバンのウテナ、だね。君、なぜここにいる?」

 「なぜここに、とは?」

 「今日、君は、大事な予定があるのでは、ないのか?」


 護衛隊長は、慎重に言葉を選びながら、ウテナへ問いかける。


 「大事な予定……?」


 即答できていない。


 「なぜ、護衛のあなたが、私の予定を知っているのですか?」


 ウテナが、逆に聞き返してきた。


 この時点で、護衛隊長は確信した。


 「えっ?」


 集まっていた観衆も、揃ってウテナを見た。


 「いや、それは、私たちでも、分かるわ。今日って、キャラバンサロン大会、よね?」

 「そうそう、巨木エリアに、巨大なテントたてて、キャラバンみんなで、ねぇ?」

 「言われてみれば、なんでここに……?」


 婦人たちが、ささやき合っている。


 「ウテナ……、いや、ジン!」


 護衛隊長はウテナを見据えた。


 「この国イチの人気者に化けたようだが……ジン、化ける相手を間違えたようだな。ウテナはいま、キャラバンサロン大会に出ている!ここにいるのは、偽物だ!構えろ!」


 ――カチャッ!


 至近距離で、ボウガン隊が構える。


 「!」


 ウテナがその場を離れようと、護衛たちから背を向けた。


 「逃がすな!うてぇ!!」


 ――ビュビュン!!


 護衛隊長の号令でボウガンが一斉に放たれる。


 ――グサグサッ!


 2本、ウテナの右肩と左脇あたりに、矢が深々と刺さった。


 「きゃあ!!」


 婦人たちの悲鳴が上がる。


 「……」


 ウテナが背中を見せたまま、止まった。


 「……ククク」


 笑いながら手を伸ばし、自らに刺さったボウガンの矢を掴んで、引き抜いた。


 「血が……」

 「出ていない……」

 「そんな……」


 その傷口からは、本来出てくるはずの赤い体液が、出ていなかった。


 矢じり分の穴がぽっかりと開いているのみだった。


 ――スゥ……。


 傷口が、塞がってゆく。


 「……」


 婦人たちも、また、そこにいた観衆全員、言葉を失っていた。


 「護衛隊長。お見事な、推理で」


 ウテナ……ジンが、ボウガンの矢を2本、両手に持ったまま、つぶやいた。


 そして、護衛隊長に向かって、音もなく跳躍。


 「矢、お返ししますよ」

 「えっ……」


 ――グサグサッ。


 皆の目の前。


 護衛隊長の右肩と、左脇……ちょうど、同じところに、ボウガンの矢が深々と刺し込まれた。


 護衛隊長が倒れる。傷口が、赤く滲んでゆく。


 同時に、断末魔のような悲鳴があがった。

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