334 横顔

 「……ジンについて、ですって?」


 ライラは隣を歩く、マナトの横顔を見た。


 「……」


 マナトは前を向いたまま、ライラの次の言葉を待つように、無言で歩き続けている。


 「いや、ヤバいヤツなんじゃないの?」

 「ヤバいヤツ、とは?」

 「人間に化けたり、人間を殺したり、人間をさらったりする、悪の権化のような」

 「悪の権化、ですか……」

 「あなたは、どう思うのよ?」


 ライラはマナトに聞き返した。


 「……よく、分かりません」

 「えっ、なによそれ。なんか、意見、あるんじゃないの?」

 「……それじゃ、ライラさん。もし私が、ジンだったら、どうしますか?」

 「あはは!」


 ライラは笑った。


 「なにその冗談。笑えないんだけど!」

 「あはは、いや、笑ってますよ、ライラさん」

 「もし、マナトくんが、ジンだったら?」

 「はい」

 「えぇ~、なんだろうな~。とりあえず、騙したわね!って、言うかな~」

 「あはは。騙した、ですか?」


 マナトは笑いながら、ライラに言った。


 「どうして、騙したことになるんですか?」

 「だって、ジンなんだから、人間に化けてるじゃない」

 「人間に化けてると、騙したことになるんですか?」

 「えっ?」


 マナトは立ち止まっていた。


 気づかずに少し前を歩いていたライラは振り返り、マナトを見た。


 「マナトくん?」

 「人間に化けていることが、騙したことになるんでしょうか?」

 「ん~っと……」


 問われたライラは、改めて考えてみた。


 「騙したことに、なるんじゃない?」

 「どうして?」

 「ジンだから」

 「……」


 マナトの黒い瞳が、一瞬、ピクッと動いた。


 「どうしたの?」

 「あっ、いえ、なんでも……」

 「……正直、私も、そこまでジンについて考えたこと、ないけどね」

 「……」

 「私、ジンと遭遇したこと、ないもの」

 「……そうですか」

 「この、メロの人たちだって、血の確認をし始めたことで、周りでは、ああだこうだ言ってるけど、結局、遭遇したことがないから、イマイチ、ピンときてないのよね」

 「なるほど。そうだったんですね」


 巨木の先に、陽がだんだんと落ちて行く。


 陽が傾いてきて、答えるマナトの顔を赤く照らした。赤い光に照らされても、マナトの黒い髪と瞳は赤く染まることはなく、黒々としていた。


 「てゆうか、すごい、黒いわね」

 「えっ?」

 「ホントに、黒々としてる」

 「あぁ、髪の毛のことですか」

 「瞳。いいわねえ、ちょっと、羨ましい」

 「そうですか?」

 「珍しいのよ。クルール地方ではね」


 ライラは前を向き、歩き出した。


 「行きましょ?」

 「はい」


 マナトも歩き出した。


 ライラの少し後ろを、マナトは歩いている。


 マナトがもう少しで、ライラに追い付くあたりで、左の手を上げると、人差し指をたてた。


 「……」


 ライラの首の後ろ、うなじのあたりに、マナト人差し指が触れかけた、その時、


 「あっ、諜報員の人たちだわ」


 少し遠く、巨木の点在するエリアのほうで、ムスタファ公爵の傘下で諜報活動を行う部隊が見えた。


 「あの人たち、なにしてるんだろ?てゆうか、マナトくん、そろそろ宿に……んっ?」


 ライラが振り返ると、マナトの姿が、消えていた。

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