331 ライラ、メロの境界通りにて

 右手には、公爵たちの公宮や宮殿へと続いてゆく、巨木。左手には、先まで歩いてきた、大通りの、雑多な、街並み。


 その、ちょうど境界線となる道を、ライラは歩いていた。


 この道は、その景観の珍しさから、メロの国の中でも人気で、『メロの境界通り』と呼ばれていた。


 道の端には、いくつか露店もたっていて、美味しそうな匂いが漂っていた。


 「ん~、なんか、食べちゃおっかな~」


 《太るわよ》


 フィオナの言葉が、ライラの脳裏をよぎる。


 「うぐ、やっぱり、今日はやめとこ。……んっ?」


 どこからか、ガヤガヤと賑やかな声がして、ライラはその足を止めた。


 「あら?」


 ライラの進行方向先に、黒髪の男が立っている。


 「……」


 その男は無言で、騒ぎのするほうへと、目線を向けていた。


 「いやだ!やだ!やだ~!」


 見ると、男の子が、わめいていた。


 周りには、複数の子供と、その母親と思われる婦人たち。それに、数人の護衛が立っている。


 「ほら、暴れないで!腕、出して!」

 「いや~!!」


 護衛たちが、困った様子で、顔を見合わせている。その手には、細い針が持たれていた。


 「あぁ、なるほどね」


 ライラはその場に歩み寄った。


 「あっ、ライラさん」


 一人の婦人が気づいた。


 「キャラバン以外にも、やり始めたのね」

 「はい。でも、子供は結構、嫌がっちゃって」

 「そりゃ、そうでしょうよ」


 すると、ライラはわめく男の子を、ギュッと抱き締めた。ライラの胸に男の子の顔が埋まる。


 「ほぉ~ら、抱き締める攻撃だぞ~」

 「ングッ、ング……!」


 男の子の視界を奪うと、ライラはすかさず、護衛に針を刺すように促した。


 ――プツッ。


 男の子の二の腕に針が刺され、ほんの小さな血だまりができた。


 「はい」

 「ぷは~!」


 ライラの胸から離れ、男の子は息を吹き替えした。


 「は~い、終わったわよ~」


 男の子の頭を、ライラはなでなでした。婦人たちからは、拍手が。


 「ご協力、感謝します」


 護衛が、ライラに礼を言った。


 「礼は大丈夫。その代わり、交易から帰還したとき、私だけ確認パスさせてくれる?」

 「それは」

 「護衛の上の人に言っといてね!それじゃ!」

 「いや、あの……」


 ライラはニコッと、笑顔を護衛に向けると、返事を聞かずに手を振って、その場を離れた。


 「……んっ?」


 立ち去る瞬間、その男が、ライラの目線に入った。終始、いまのやり取りを見ていたようだ。


 黒髪に、黒い瞳の男。黒い瞳は、茶色の瞳の多いこの国では珍しい。


 それに、物腰柔らかそうな、人の好い容姿をしている。


 ライラはなんとなく気になって、その男に話しかけた。


 「旅の人?」

 「あっ、はい」


 黒髪の男が、にこやかな笑顔で返事した。

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