330 ジンのこと

 「すまねえな。ちょっと、抜け出せる状況じゃなかった」


 包帯には、少し、血が滲んでいる。


 「オルハン、そんなことより、どうしたんだ、その身体の傷……!」

 「ジンにやられた」

 「えっ……」


 フェンは驚きのあまり、言葉を失っていた。


 ……やはり。


 フィオナの考えていた……危惧していた通りだった。


 「間違いないのね?オルハン」

 「ああ。昨日、ルナの公宮からの帰り道に、遭遇した。マナトとかいう、いけすかねえ、なよなよした感じの黒髪の男に化けてやがった」


 ……若干、相手の印象に私情が入っているような?


 フィオナは思ったが、口に出さないことにした。


 「……というか、ルナの公宮、行ってたの?」

 「ああ、ウテナと一緒にな」

 「えぇ……って、それって、つまり!?」


 フィオナは少し前のめりになった。


 「ウテナも、ジンと!?」

 「ああ、やり合った」

 「無事なの!?」

 「大丈夫だ。俺のように、ガッツリ身体を切り裂かれたりはしてなかった。ただ、一撃で意識飛んだって、言ってたけどな。まあ、元気だったぜ」

 「そう……」

 「……ちょっと、待ってくれないか?」


 フェンが手をあげた。


 「オルハンは水の能力を得て、かなり強くなった。ウテナに至っては、メロの国内で、おそらく5本の指に入るほどの強さだ。その2人をしても、勝てなかったということなのか……?」

 「ああ。……勝てなかったよ」


 オルハンが、顔に悔しさを滲ませながら、言った。


 「途中、ウテナがナックルダスターで頭を、いい感じに吹き飛ばした。それで、勝負ありと思った。だけど、その頭が……ムクムク再生しやがった。そして、ジンが、真の姿を現した」

 「真の、姿……」

 「灰色の肌に、赤い眼球に、白い瞳の化け物だった。その姿になってからは、一瞬だった。俺もウテナも、手も足も出なかった。一方的に、ボコだった……」

 「なんてことだ……!」


 オルハンの話を聞いたフェンが、悲壮な表情をして、言った。


 「噂は、本当だったということなのか……!」


 オルハンが、首を縦に振る。


 「俺の前に立っている2人の護衛ですら、知らねえことだからな。公爵たちが情報を操作していて、国民に知らせないようにしているんだ」

 「……その意図は、分かる」


 フェンが言った。


 「国が、乱れかねない」

 「おう、察しがいいな、フェン」

 「そりゃ分かるさ。すでに噂だけでも、ちょっとした混乱は、見られたりしていた。その事実がもたらす国の混乱は、計り知れないだろう」

 「まあ、そういうことだ。……っと」


 包帯の少し緩くなったところを、オルハンは直した。


 「さっきまで、ルナの父ちゃんの息のかかった諜報員が、俺の部屋に来ててな。いわゆる、事情聴取って、ヤツだ。だから、集まりに参加できなかった」

 「なるほど」

 「諜報員が帰ってったから、抜け出してきてやったぜ」

 「でも、ここにいて大丈夫なのか?護衛から、面会は禁止されていると聞いたけど?」

 「へっ、構わねえよ。アイツらは、俺の部屋の前に立っているのが仕事だからな」


 思いのほか、オルハンは、ひょうひょうとしている。


 「……ウフフ」

 「なんだよ」

 「相変わらずで、安心したわ、オルハン」

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