313 巨木の影に隠れし者

 少し前まで、巨木の通りを巡回していた、護衛の姿は、ない。勤務時間を終え、引き上げてしまったようだ。


 「おい、お前が長い間、ルナと2人っきりで話してたせいだぞ」

 「えへへ。すみませ~ん」

 「ったく。まっ、いいけどよ」

 「一回、振り返ってみます?」

 「ああ」


 ウテナとオルハンは、一度、立ち止まった。


 「……」


 巨木の影に隠れているのか、振り向いたウテナとオルハンの視界に、尾行する者の姿はなかった。


 「チッ、なんだよ、コソコソ隠れやがって」


 オルハンは不機嫌そうに、舌打ちした。


 「……行きましょうか」


 ウテナとオルハンは、再び歩を進めた。


 すると、やはり、一定の距離を保ちながら、尾行してくる気配は、あった。


 「……襲ってくるつもりは、ないようだな」

 「もうすぐ、巨木の通り抜けますね」

 「俺か、ウテナ、どっちかに、用があるんじゃねえか?」

 「オルハン先輩、また恨み買うようなこと、したんじゃないですか?」

 「はっ!?ねえよ!……てか、またってなんだよ!日頃からそんなことしてねえし!」


 ウテナとオルハンは呑気に話しながら、歩き続けた。


 2人とも、腕に自信はある。たとえ盗賊が夜の闇に紛れて国内に侵入したのだとしても、よっぽどの敵でない限り、返り討ちにできるくらいの余裕が、ウテナとオルハンにはあった。


 やがて、巨木が点在する、大通りを抜けた。星の瞬きで、視界が明るくなる。


 「……さて、その顔、拝ませてもらおうか」


 オルハンは腕を組んで、振り向いた。ウテナも巨木の通りを眺める。


 「……もしかしたら、はじめまして、では、ないかもしれないですね」


 巨木の影に、男の黒いシルエットが、浮かんだ。


 ……この声。


 そのシルエットが、こちらへと、少しずつ、近づいてくる。


 「酒場でウテナさんの活躍を聞きまして、もしやと思って、一度、お会いしたいと、思っていたんです」


 歩きながら、その男は言った。


 「どうも」


 巨木の影から出てきた男に、星の光が注ぐ。


 「!!」

 「なんだ、そういうことか。おいウテナ、お前のファンだって……」

 「オルハン先輩!気をつけて!」


 ――カチャッ。


 ウテナは素早くナックルダスターを右手にはめた。


 「ジンだわ……!!」

 「!?」


 星の光に照らされた、その男……黒髪は先が少しクセで曲がり、黒い瞳、愛想のいい笑顔、藍色と白色の肩掛けと、腰巻き。


 かつての、キャラバンの村のケント商隊にいた、マナト、そのもの。


 「この、どこからどう見ても、強くなさそうなヤツが……?」


 オルハンは信じられないといった様子で、ナックルダスターを装着し、姿勢を低くして身構えているウテナを見た。


 「どうして、そんなことが分かんだよ?ウテナ」

 「だって、いまの目の前で化けている姿が、」


 少し、唇を震わせ、ウテナは言った。


 「ルナが思いを寄せる人……マナトさん、そのものだから!」

 「……なんだと」


 オルハンが再びマナトそっくりの男のほうへ向くと、その目は一気に修羅の相を成した。

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