254 サーシャの動機/獰猛種の気配
マナトは愛想よく、喉が乾いている護衛達へと足を運んで、水壷からコップへ水を注いだ。
「あのキャラバンの方、お優しいですね」
馬車の中からその光景を見ていた召し使いが言った。
「……」
その召し使いの向かいに座るサーシャは、無言で、マナトが護衛達に水を提供する光景を眺めていた。
「サーシャさまも、お飲みになられますか?」
召し使いは、持参していた肩にかけるタイプの鞄の中から、水の入った水筒を取り出そうとした。
「いえ、大丈夫」
「そうですか」
その後もサーシャは、表情を変えることなく、マナトと護衛達の和やかなやり取りを眺めていた。
「あの……お聞きしてもよろしいでしょうか?」
召し使いが、サーシャへ、恐るおそる聞いた。
無言でサーシャは召し使いのほうを向くと、コクリとうなずいた。
「どうして、今回は自ら、メロ共和国に向かうという判断をなされたのでしょうか?」
「……」
少しまぶたを下げ、目を細くし、少し間があった後、サーシャは言った。
「……依頼者の公爵に、一度も、会ったことがないから」
「それは、そうですが……」
「……あと、私の記憶の中にある、絵の光景を、その人はなぜか知っていた」
「えっ……」
「なぜ、私の記憶の中にある光景をその人は……」
と、サーシャの細い眉毛が、ピクッと動き、護衛達の先の砂の地平線に目線を向けた。
「……」
「……サーシャさま?」
「なにか来るわ。警戒するように」
「!?」
※ ※ ※
「ふぅ~」
ほぼすべての護衛達に水を与えたマナトは、前線をゆく商隊に戻ってきた。
「マナトお兄ちゃん、ボクも!」
ニナが手をあげた。ニナとシュミットは、ケント達とともに歩いていた。
「あっ、ちょっと、待ってね」
マナトはラクダに乗せていた荷から、新たにコップを取り出した。それに、水を注ぐ。
「はい、どうぞ」
「あはは、別によかったのに~」
「いや、ニナさん女性だし、そこは、気になるかなと思って」
「ゴクゴク……おいし~!」
ニナの無邪気な声が響いた。とても可愛らしい。非常にほっこりする。
「でも、ニナさん、サーシャさんの庭のほうは、大丈夫なんですか?」
「だいじょ~ぶ!ちょっとくらい、放置してたって、構わないよ!」
「あはは、そうですか」
と、後方から、声がした。
「皆さん!気をつけてください!」
後ろを振り向くと、馬車の中から召し使いが身を乗り出して、大声で叫んでいた。
「進行方向右側から、なにか迫っています!!警戒を!!」
「えっ、右側から……?」
先頭を歩いていたケントとリートは、顔を見合わせた。
「気配、ありました?リートさん」
「いや、特には……」
――フォォ……。
ラクダが小さく鳴いた。
「いや、リートさん!来ますよ!なんか!」
ラクトが叫んだ。
「確かに!僕もいま気づいたっす!」
リートがラクダに積んだ荷から、弓矢と矢筒を取り出した。
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