199 ラピスの交易

 サーシャの口が開いた。少し霞みのある、麗しさのある声が響いた。


 「ラピスを」

 「ちょっと、待ってくれ」


 ケントが前に出た。


 「普段の交易と違ってな。このラピスは大変高価な代物だ。交易品の、金貨を見ておきたい」

 「……」


 ケントに言われると、サーシャは無言で召し使いへと目線を向けた。


 「かしこまりました。ただいま、取って参ります」


 召し使いは一礼すると、アトリエから出ていった。


 「……」


 ……寝ていないのかな?


 よく見ると、サーシャの目は充血していた。


 また、ドレスには所々に、飛び散った水しぶきのように、青い絵の具のようなものが染み付いていて、汚れた感じになっている。


 また、手も青く汚れていた。


 「……」


 サーシャは無言のまま後ろを向いた。


 そして、まるでケント達がいないもののように、まったく気にする素振りもなく、先ほどしていたであろう作業に戻った様子だった。


 「本当に、アイツ交易担当なのか?」


 ラクトがマナトの耳の近くで、小さな声で言った。


 「そうなんだろうけど……」


 マナトは言いつつ、サーシャの奥にあるものに目を向けた。


 ……絵画だ。


 サーシャの前には、青く塗られた四角の平らな石板があった。


 深い青で塗られていながら、不思議なことに、その塗られた部分がキラキラと輝いている。


 ――クイ、クイ。


 ニナが、マナトの服を引っ張っている。


 「んっ?」

 「あれが、お姉さまの、いまの製作している作品なんだよ」


 小さな声で、ニナはマナトにささやいた。


 「なにを描いてるの?」

 「分かんないけど」


 やがて、召し使いが戻ってきた。


 屋内用の台車を引いていて、台車には木箱がいくつか積まれている。


 「お待たせしました。こちら、交易品の金貨になります」


 木箱が開かれる。


 「おぉ、すげぇ……」

 ラクトの声が漏れた。


 金貨が、ギッシリと詰まっていた。ちなみに金貨一枚で、銀貨千枚分。とてつもない金だ。


 こちらも、ラピスの入った木箱を、開ける。ラピスの光が、アトリエの天井を青く照らした。


 「よし、これで、交易完了だな。それじゃ俺たちはも……」


 ケントが言い終わらないうちに、サーシャは床に転がっていた、大きな鉄のハンマーを持った。


 「えっ?」


 そして、木箱からラピスをおもむろに手に取ると、すり鉢状の石の臼の中にコロンと放った。


 ――ブンッ!


 次の瞬間、サーシャが両手でハンマーを振り上げた。


 「ちょっと!?」

 「なにしてんの!?」


 ――バッ!


 とっさにミトとラクトが飛び出した。


 ――ガシッ!


 サーシャの振り上げた両腕を、ミトとラクト掴み止めた。


 「……なにをしているの?」


 両腕を掴まれたサーシャが、ミトとラクトをにらみつけた。


 「いやそれこっちの台詞だよ!!」

 「離しなさい」

 「は、早まるな!落ち着け!!」

 「離しなさいって、言ってるでしょ」

 「あはは!」


 ニナが笑い出し、ミトとラクトに言った。


 「お兄ちゃん達、それでいいんだよ!ラピスを砕いて、塗料にするんだよ!」

 「マジで!?」

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