193 シュミットのアトリエにて

 シュミットの家には、増築するかたちで建っている工房、アトリエがある。


 天井は高く、机の上には彫刻を彫るための道具、また至るところに様々な大きさの石材が雑多に置かれている。


 また、掘りやすい練習用の木材もたくさんあった。


 そこに、ケント商隊の4人はいた。


 「どうぞ」


 シュミットが、アトリエの端にあるベンチ風の長イスに座っているケントへ、紅茶を差し出した。


 「いや~、なんか申し訳ないねぇ」

 「なんの、なんの」


 シュミットも紅茶を持ち、ケントの横に座った。


 「今日で、3日目か~」

 紅茶を飲みながら、ケントが言った。


 岩石の村に到着してから、3日が経っていた。


 村の交易担当である村長の娘と、なぜか会うことができず、間延びしてしまっている状態になっていた。


 村長の家に行って、中にある面会室に入って待っていても、やがて家の召し使いの者がやって来て、今日はお帰りください、と言われてしまい、仕方なく引き上げること、3回。


 商隊が手持ちぶさたになっているところを、シュミットが気をつかってくれて、自分のアトリエを解放してくれたのだ。


 「なかなか、会ってくれないんだな、村長の娘とやらは」

 「まあ、そうみたいですね、あはは……」


 ケントの言葉に、少し歯切れの悪い感じで、シュミットは応えた。


 「……正直、ちょっと、疑っているんだが」

 「えっ?」

 「今回の交易品、ラピスは、相当な価値だ。鉱山の村のヤツらによると、すべて金貨での取り引きというじゃねえか。本当に、そんな大金を、用意できるのか?」

 「あぁ、それなら……」


 シュミットは一度、紅茶を飲んで、落ち着いた様子でケントに言った。


 「ぜったい、大丈夫ですよ。そのあたりは、信用してもらって、問題ないです」

 「それなら、まあ、いいんだが」


 アトリエの中央では、ミト、ラクト、マナトがいて、練習用の木で、思い思いに彫っていた。


 「アイツら、なかなか懸命に彫ってるなぁ」

 「ええ。あまり、やったことのない体験みたいですね」

 「そうだな。キャラバンの村ではやったことないだろうしなぁ」

 「ケントさんも、どうです?」

 「いやぁ、俺は……」


 2人は紅茶をすすりながら、話を続けていた。


 「もう少し……フゥ」


 マナトは深呼吸して精神統一した。


 ――スッ、スッ。


 木材に彫刻刀を入れる。


 平べったかった木材が、みるみる立体的になり、自らが創造した形を成してくる。


 3日間かけた超大作。


 いま、出来上がろうとしていた。


 最後まで気は抜けない。


 「……」


 無言。ミト、ラクトの2人も、無言だ。


 マナトがつくっているものは、もちろん、オアシスで出会い、現在、一緒に暮らしているスナネコ、コスナだ。

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