176 語る夜④

 「まあ、変わっているといえば、変わっているかもですが……はは」


 苦笑するマナトに、ジャンは真剣な顔を向けていた。


 「人間とジンを、同じような存在として見ているような、そんな印象なんです」

 「あぁ。なるほど~、それはあるかもですね」

 「そのような感覚を持っている人自体、この世界では、珍しいのですよ。まるで、この世界の外からやって来たような……」

 「おぉ!正解っす!」


 リートがパチパチと拍手した。


 「マナトくんは、異世界出身なんすよ」

 「えっ?異世界……えっ?」


 ジャンが、ビックリしている。


 マナトは水をすすりつつ、答えた。


 「はい。まあ、異世界といっても、この世界の人間と、ぜんぜん、変わりませんよ。ただ、世界自体は、違う部分が多々ありまして」

 「へぇ」

 「なので、このヤスリブという世界に来て、もう、何もかもがビックリでした。特に、ジンという存在には。血が出ないとか、塵となって消えたりとか……ホント、どういった身体してるんだって」

 「あぁ……そうですね。私自身も、なんとも言えないのですが……」


 そう言うと、ジャンは立ち上がり、ナイフを持ってきて、


 ――シュッ。


 「!」


 自らの腕を、少し傷つけた。


 リートとマナトは、その傷口を凝視した。


 やはり、血は出ない。そして、ぱっくりと空いた傷口は、音もなく閉じられてゆく。


 「その……痛くないのですか?」

 マナトは気になって、聞いた。


 「ええ、痛くありません」

 ジャンは即答だった。


 「マジか……」


 ……自らを塵に変えてしまえるのだから、そりゃ痛くないだろうとは思っていたが。


 いざ目の前で見せられると、やはり、人間とは似ても非なる存在であることを、認めざるを得ないとマナトは思った。


 「ジンに、弱点って、ないんすか?」

 リートがジャンに聞いた。


 これだけは聞いておかなければという、強い意思が、リートの口調から感じられた。


 「……ないと思います」

 少し考えた後に、ジャンは言った。


 「そう……っすよねぇ~」


 残念そうに、リートはつぶやくと、ごろんと寝転んだ。


 ――ゴロゴロ~。


 子供のように、リートは床を転がり始めた。


 「すみません。私自身、思い浮かばないのです。……強いて言えば、心を折る、ということくらいかと」

 「勝てないと思わせて、戦意喪失させて、引かせるって、ことっすよね~」

 「はい」


 ……確かに。ジン=マリードの時も、ジン=グールの時も、何かしらの形でジン側の戦意がなくなって、だ。


 ジャンとリートの会話を聞きながら、マナトは思った。


 「それは、まあ、そうなんすけどぉ~。それだと根本的な解決に、なってないんすよね~」

 「……ちなみに」


 ジャンが、ごろごろと転がるリートに微笑みながら、言った。


 「さっき戦っていた時、リートさんの火矢を受けそうになったときは、生まれて初めてヒヤっとしましたよ」

 「あはは、そっすか」

 「はい」

 「あっ、そうだ!」


 リートが転がるのをやめて、起き上がった。


 「戦いの中で、風の能力を使ってましたよね」

 「はい」


 ジャンが、人差し指を立て、くるくると回し出した。


 ――ヒュゥゥゥゥ。


 人差し指を回転軸にして、小さな風が巻き起こった。


 「おぉ~」

 「すごい!竜巻が巻き起こってる」

 「この能力は、いつから?」

 「そうですね。これも、気がついたら出来てて……」


 夜が、更けてゆく。


 集会所の明かりは、消えていた。


 そんな中、ジャンの家の窓からは、たいまつの火の光が、ずっと、外にこぼれていた。

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