127 ムハド大商隊の条件/リート①

 ミトの故郷である、ウシュムの地。


 その手前、ウームー地方まで、ムハド大商隊は交易の手を伸ばしている。


 マナトは、手に取ったマナの源炎石を見つめた。


 ……ウシュムに交易に行くことになったら、ぜひミトも連れていってほしいな。


 「ステラさん」

 「ほっぺすりすり~」

 「……あの~」

 「……はっ!ど、どうしたの?」


 身をかがめて、コスナの頬を自分の頬に当てているステラが、我に帰ったように顔を上げた。


 「ムハドさんの隊に入るには、どうすればいいんですか?」

 「あぁ……う~ん、そうね」


 ステラが、ちょっと、考える素振りを見せた。


 「あっ、いや、僕が入りたい訳じゃないというか、ええと……ただの好奇心ですよ」

 「まあ、この村のキャラバン達は、みんな、考えてることだから」


 ……倍率は高そうだな。


 「ええとね、私も又聞きなんだけど、確か、副隊長の推薦が必要って、聞いたことあるわ」

 「なるほど。ジェラードさんと、さっきジェラードさんの話の中に出ていた、リートさんという方ですね」

 「そっ。あと、私のお姉ちゃんね」

 「あっ、セラさんも、副隊長だったんですか?」

 「うん。その3人の推薦と、あとは強いこととか、頭がいいこととか……ごめん、ザックリしてて」

 「あぁ、いや、ありがとうございます」

 「ひとつだけ言えることは……」


 ステラはマナトに、真剣な眼差しを向けた。


 「ムハドさんと一緒に交易をするということは、かなり遠方になるわ。それ相応に実力がないと、旅についていけなくて、途中で倒れてしまうから」

 「そうですよね」


 そうだとしても、ミトはいざウシュムに交易に行くとなったら、死に物狂いでついていくだろう。


 ……そうだ。このマナの源炎石は、ミトにあげよう。


 マナトは心の中でそう決めると、マナの源炎石を懐にしまった。


     ※     ※     ※


 長老の家の奥にある書庫の手前には、作業場のような、机とイスだけの、小さな部屋がある。


 その小部屋の机に、リートは向かっていた。


 机の上には、いくつもの、手のひらサイズの石がゴロゴロ。石には、それぞれ筆でヤスリブ文字が書き込まれている。


 また、石を掘るための、先の尖った、どちらかというと針に近い形をした、鉄製のノミが置いてある。


 「……」


 リートはノミを手に取ると、その赤色に輝く目を細めた。


 ――シュウゥゥ。


 ノミの先、先端の尖ったところから、湯気が出てきた。熱を帯びて、赤くなる。


 そのまま、ノミの先端を、石へ。


 熱で、石にノミが食い込んだ。静かに白い煙がたつ。


 ――ズズズズ……。


 そのまま、筆で書き込んだヤスリブ文字に沿って、削りを入れてゆく。


 この作業を、机の上に書いている石、すべてに施していった。


 「フゥ……」


 ノミを机に置き、リートは作業を終えると、目の前に垂れ下がった、黒の中に朱色がちらほらと見える自らのパーマ髪をかき上げた。


 「あとは、赤く着色すれば……」


 リートは立ち上がり、小部屋を出た。


 「長老、火のマナの充填、終わりました~。あとは、赤く着色するだけっすね~」


 居間で何やらガシガシと書き物をしている長老に、リートは声をかけた。


 「うむ、ご苦労!赤い墨汁は書庫の奥じゃ。すまんが手を離せんでな」

 「あ~い!」


 軽い調子のリートの声が、居間に響いた。

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