114 承認欲求

 「マナトくん、さっきまで何の作業していたの?」


 ステラは話題を変えた。


 机には木片の書簡が広げられた状態で置かれていた。また、マナトのすぐ手前には、書きかけの紙と、筆。


 「木片の書簡の、書き写しです」

 マナトは言った。


 「あっ、それね」


 ステラはその作業のことを、伝報担当というこもあって、よく分かっていた。


 国や村によっては、紙より木片の書簡が流通しているところも多く、伝報で外部とやり取りするときに、木片の書簡が送られてくることが、よくある。


 木片の書簡は、重いし、かさばってしまい、書庫に所蔵するにも、そこそこ幅を取ってしまう。


 そのため、木片の書簡に書かれているものは、紙に書き写すという作業があった。それを、マナトはやっていた。


 「そっか。ヤスリブ文字、たしか、勉強中なんだよね」

 「はい。言葉が理解できて、文字が分からないという、なかなか妙な感じでして」

 「ヤスリブ文字、どう?少しは覚えたかしら」

 「はい、お陰さまで、少しは読み書きできるようになりました」


 紙には、木片の書簡にある文字が、途中まで綺麗に書き写されていた。


 「そっか。何か、困っていることがあったら、いつでも言ってね!私、協力するから」

 「あっ、ホントですか?……ちょっと、教えてほしいんですけど」


 マナトは本棚のほうへと向かい、「ええと、どれだっけ……あぁ、これだ」と、木片の書簡を一つ、持って来た。


 ――カラカラカラカラ。


 紐に繋げられ、丸まっている木片が、机に広げられる。


 「これ、どこかの国の、教科書か、道徳書?だと思うんですけど」

 「あっ、これ、私も初めて見るわ。最近、入ってきた書簡ね」

 「ここなんですけど……」


 マナトは木片に書かれている文字を指差した。


 「大項目として『人の欲求』って書いていますよね?」

 「うんうん」


 マナトが指をスライドさせた。


 「それで、ここです。……これって、『3つの欲求』じゃなくて、『4つの欲求』って、書いてません?」

 「んっ?ん〜と……」


 ステラが、マナトの指差す文字を確認する。


 「うん、4つ」

 「やっぱ、そうなんだ……僕の前にいたところでも、こういうの、あって。3つは分かるんです。食欲、性欲、睡眠欲だって」

 「そうね。そう書いてる。合ってるわ」

 「でも4つ目が、分からなくて、文字もちょっと難しくて……ヤスリブの人って、欲求が4つ、あるんですか?」

 「あぁ、これ……」


 ステラは、その4つ目に書かれているヤスリブ文字を、そのまま読んだ。


 「『承認欲求』って、書いてるわ」

 「あぁ……」


 その言葉を聞いたマナトは、なんともいえない、神妙な表情になった。


 「そうなんだ……そうですね」

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