113 ステラとマナト

 ステラは、一旦手に取った封書をテーブルに置き戻すと、長老に言った。


 「ちょっと、あいさつしておこうかしら」

 「呼んでくるか?」

 「あっ、大丈夫です。ちょっと、外します」


 ステラは居間を出た。


 長老の家の、居間よりさらに奥の部屋には、長老の書斎と書庫がある。


 物音は書庫のほうからしていて、少し扉が空いていた。


 ステラは書庫の扉を、静かに開けた。


 均等な間隔で、天井に届きそうな高さの本棚が並んでいて、壁にも本棚といった光景。


 ここには、長老がヤスリブの各地から仕入れたとされる書物が、所狭しと所蔵されていた。


 また、書物の他に、大小さまざまな巻き物やら、紙ではなく木片を繋ぎ合わせた書簡などもあった。


 その木片の書簡が、いくつも床に置かれてしまっていた。


 おそらく棚に入りきらなかったのだろう、少し散らかったような感じになっている。


 「……木片の書簡が、増えてきてるわね。幅取るから、仕方ないけど」


 本棚と本棚の間を縫うように進みながら、ステラはつぶやいた。


 部屋の奥に進むと少しスペースが空いていて、数人が会議できるような、折り畳みができる机と、その周りにイスが並んでいる。


 その部屋の奥に、例の男はいた。


 「あっ!」


 ステラは男の横顔を見て、思わず声が出ていた。


 「確かあなた、交易会議で途中で入ってきた……」

 「えっ?」


 ステラに気づき、男が振り向いた。


 見た目は、20になったばかりか、少し下くらいか。


 つまり、ステラと同じくらい。


 なんというか、あまりこのヤスリブの地で見かけないような、そんな顔立ちをしていて、ステラは交易会議で彼を見たときも、印象的だったのでよく覚えていた。


 「あっ、どうも。こんにちは」


 男は何か作業をしていた様子だったが、一旦手を止めて、立ち上がり、ペコリと頭を下げた。


 「あっ、ごめんなさいね、作業中。私、ステラ。村の伝報担当をしているの」

 「マナトです」

 「この前、交易だったのよね?ジンとも遭遇して、大変だったわね。お疲れさま」

 「いえいえ、そんな。ありがとうございます」

 「ものすごく遠いところから来たって、聞いてるわ。この村には、慣れた?」

 「そうですね。はい、とても、居心地が良くて。良すぎるくらいです、あはは」


 マナトはにこやかに笑った。


 「長老から聞いたわ。書庫の整理してるんでしょ?偉いのね。別に、キャラバンは交易が仕事だから、ないときは、休んでていいのに」

 「いやぁ、最初はそうさせてもらったり、自分なりに訓練したりとか、してたんですけど……」


 マナトは苦笑しながら言った。


 「何か村のために、役に立たないと、さすがに申し訳ない気持ちになっちゃって」

 「真面目ねぇ」


 その後、ステラは村や交易について、マナトと少し話をした。


 見た目の割に、少し落ち着いているようにも思える。それに、低姿勢な上に、大人な対応。


 誰にでも好かれるタイプの男性だと、ステラは思った。


 「誰にでも、好かれるでしょ、マナトくん」

 「そんな……嫌われていました。前は、かなり、はは……」


 マナトは少し笑った。どこかうつむき加減で、目に少し悲しさを感じる、そんな笑顔だった。


 ……今はまだ、聞けないな。


 マナトの表情を見て、ステラはすぐに察した。

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