110 マナト/水の修練③

 「……あっ」


 ――スヤスヤ……。


 いつの間にか、コスナはマナトの足の上で眠ってしまっていた。


 コスナをゆっくりと抱き上げ、岩の上に横にしてやった。小カメの隣で、日を浴びながら気持ち良さそうに寝息を立てている。


 マナトは岩から降りた。


 ……ちょうどいいや。


 再び湖のほとりに立ち、両手をかざすと、今度はコスナを起こさないように、無音で水流を操る練習を始めた。


 「……んっ?」


 ふと、キラキラ光る湖面に、2つ、3つと、小さな波紋が広がったのが気になって、マナトは手を下ろした。


 水流が、音もなく湖に戻ってゆく。無音の場合は、戻りも精神を集中する必要があった。


 ちなみに手をかざさなくても、マナトは水を操れる。ただ、何となく手をかざしていたほうが、しっくりくるので、そうしていた。テレビのリモコン操作に似ている。


 マナトはしゃがむと、じぃ〜っと湖面を注視した。


 「あっ!」


 前の世界でも、よく見た生物だった。


 湖の水面上を、小さな波紋をつくりながら、アメンボが、すぃ~、すぃ~と滑っていた。


 ……よく見たら、不思議な生物だ。水を蹴るようにして、あんなふうに移動できるなんて。


 しばらく、マナトはアメンボを観察した。


 「そっか、表面張力を利用して……うん。やってみるか」


 立ち上がり、湖の浅瀬へ移動した。


 そして、マナトは四つん這いになった。


 ……水の表面張力を意識して、アメンボみたいに。


 マナトは右手を水面に置いた。


 右手は沈むことなく、少し窪んだ水面の上、1円玉が表面張力で浮くように乗っていた。


 右手に体重を乗せても、大丈夫なのを確認したのち、続いて、左手。


 「……よし!」


 両手が、水面に乗った。これで、足を乗せれば……


 「あぁ、でも、ちょっと……」


 両手がついつい動いてしまう。


 流動的な水の上に体重を乗せようとすると、どうしても両手が前に出てしまった。


 「ははっ、言うこと聞かないや」


 想像以上に、難しい。


 「とりあえず、乗ってみるしかない!」


 ――ピョン!


 思い切って、マナトはカエルみたいに飛んだ。


 一瞬、両手両足が水に乗る。


 「よしうぉ!?」


 ――バッシャアアァン!


 マナトは体制を崩して、湖に落ちた。


 ――ニャニャ!?


 水しぶきの音にビックリしたコスナが飛び起きた。


 「あはは……ずぶ濡れ。インナーだけでよかった。でも、こうなったらもう……」


 浅瀬に入ったまま、マナトは練習した。


 両手両足を水面に乗せる。


 だが乗せてから、だった。水面上でバランスを保つのがとても難しい。アメンボみたいに水面を滑る以前の問題だ。


 「うん、やっぱり、もの凄く難しい。でも……」


 でも、難しいということは、出来る可能性があるということ。


 その後、時折アメンボを見ながら、マナトは何度も水面に乗る練習を続けた。

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