90 ?????②
「僕は、この世界の者じゃないんです。ジンについて、そこまで嫌悪感を持っていません」
「……」
「ジン=グールという種のジンにも遭遇しました。……でも、あのようなジンがいたとしても、それでも、どこか、ジンと人間は、分かり合えるのではないかと、思っているんです」
「……」
「それに、ジンとマナの……」
――サァ〜。
マナトが話す途中で、ジン=マリードが塵となって消え始めた。優しい笑顔のまま、すべてが塵となって、飛んで行った。
「へへへへ。お兄ちゃん、優しいんだね。扉も、開いてる」
マナトの背後から、幼い子供の声がした。
「!?」
幼い子供……ジン=グールが、回廊のアーチの前に立っていた。
相変わらず首は据わっておらず、左右に揺れ動く端正なかわいらしい顔に、大きな茶色い、瞳孔の開いた無邪気な目が、余計に不気味さを感じさせた。
そして右手は、戦闘の時に見せた、黒と緑に怪しく光る触手のようなそれだった。動きはなく、垂れ下がり、ぶちまけたロープのように地面に無造作に広がっている。
……いや、狂気は感じない。
見た目は恐ろしいが、砂漠で遭遇した時の、全身から溢れ出ていた狂気が、今はないことにマナトは気づいた。
「ジン=グール。君のことは、少し、先輩から聞いた。君はなぜ、生きている人間を……」
マナトが言いかけた時だった。
――サァ〜。
ジン=グールも塵になった。しかし、マリードの時と違い、その場に残って、細かな粒子の集合体になって、うようよと浮いている。
そして、その塵が、マナトの周りを回り始めた。遅い速度の砂嵐のようで、視界がかすむ。
「ねぇ、お兄ちゃん、僕のものになってよ……」
どこからともなく、ジン=グールの声が聞こえてきた。
「僕のもの?」
「……」
「ジン=グール。僕は、君のものにはなれないと思う。でも、分かり合う、理解し合うことはできるんじゃ……」
マナトの問いに答える声はなく、塵はマナトの身体へ、徐々に近づいてきた。
――シュルシュルシュル……。
どこからともなく、細い水が空中を泳ぐように流れてきた。マナトに寄り添うように、その水流は渦を巻きながら、足下から頭まで、サインポールのようにくるくる巡る。
……あれ?この水、操れない……。
マナトの意志とは無関係だった。まるで水流が自ら意志を持っているかのようだった。
水流は、マナトに近づこうとする塵にちょうど反回転するかたちで流れると、薄い薄い、ゼリー状の膜となってマナトを包んだ。塵がそれ以上、マナトに近づけないようにしているようだった。
「……ちぇっ、つまんないの」
また、ジン=グールの声がしたと思うと、
――ヒュ〜。
中庭に、風が吹いた。その風に乗って、塵は遥か上空へと飛んで行った。
……この水は、いったい……?
すると、マナトを包んだゼリー状の水の膜が、マナトの唇に、優しく触れた。温かい。
「……これが、私の……答え……でも……」
女性の声が聞こえてきた。
か細く聞こえるその声は、ささやきに近く、途切れ途切れに耳へ入ってくる。どことなく、切なさを帯びて、マナトを呼んでいるようだった。
「……さよなら」
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